本ブログではシェアリングエコノミーでブロックチェーンが果たす役割に注目し、これまでに多くのサービスを紹介してきました。本記事ではシェアリングエコノミーでどのようにブロックチェーンが使われていくのか事例を交えて説明します。
目次
ブロックチェーンとシェアリングエコノミーのこれまで
シェアリングエコノミーを代表するサービスのひとつ、居住・滞在スペースをシェアするためのサービスAirbnbが誕生したのは2008年のことです。その後約10年の間に、個人や企業が持っている遊休資産を他者と共有する「シェア」(share、共有する)の概念や、シェアすることによって生まれる経済「シェアリングエコノミー」という言葉が広く一般に知られるようになりました。本記事を読んでいる方の中にもすでに民泊を利用したことがある、カーシェアリングサービスに登録しているという人も少なくないでしょう。
折しもBitcoinとそれを支えるブロックチェーンはシェアリングエコノミーの黎明期の2009年に運用が開始されました。改ざんが不可能でデータの透明性が高いブロックチェーンは、シェアリングエコノミーにおけるID管理やデータの記録先、決済手段として注目を集め、2015年にEthereumネットワークがリリースされると、スマートコントラクトで契約をプログラムの形で記述し自動的に実行しやすくなりました。中央集権的な管理者を排除し、公平な価格形成ができる点が一定の支持を集め、シェアリングエコノミーでのブロックチェーンに対する期待はさらに高まっていきました。
本ブログでもシェアリングエコノミーとブロックチェーンの可能性に注目し、多くのサービスを取り上げてきました。ブロックチェーンを利用したシェアリングエコノミーのサービスとして、古いものではスマートロックとブロックチェーンであらゆるものの共有を目指すSlock.it、シェアリングエコノミープラットフォームSwarm City、ライドシェアのArcade CityやCommuterz(旧La’Zooz)、インフルエンサーのためのプラットフォームPatronなどが有名ですが、中には現在停滞しているプロジェクトもあります。このようなプロジェクトはサービスが拡大できず、開発が停滞してしまっていると考えられます。
ただし、仮想通貨価格の過度な変動によりブロックチェーンから撤退したプロジェクトも多くあるなか、今も各業界でブロックチェーンベースのサービスの開発が進んでいるように、シェアリングエコノミーについてもブロックチェーンベースのサービスが着実に開発されていきました。
ここからは実際に動いているブロックチェーンベースのサービス、サービスの基盤となるプラットフォームについてみてみましょう。
実際に動いているサービス
モビリティーシェアリング
都市部では公共交通が使われることも少なくありませんが、私たちが日々生活をする上で移動は不可欠で、乗り物、とりわけ車に関する分野ではいくつかのサービスが運用にこぎつけ、さらにサービスを提供する地域を拡大しています。
代表的なサービスとして、インドのP2PカーシェアリングサービスDerivezyがあります。Derivezyは拠点を置くバンガロールのほかムンバイやプネなどインド11都市でサービスを提供し、2019年にはアメリカへの進出も果たしました。Drivezyはカーシェアリングだけでなく、将来的にはコワーキングスペースや居住スペースなどもサービスのターゲットとしていて、シェアリングエコノミーのための分散型のブロックチェーンプロトコルRayyを開発しています。
Drivezy | Self-Drive Car, Bike & Scooter Rentals
インドでP2Pカーシェアリングを展開するDrivezy – Blockchain Biz【Gaiax】
カナダの組合型のライドシェアリングサービスEvaはケベック州のモントリオール、ケベックシティー、ガティノーを中心にサービスを提供しています。Evaはドライバーや乗客、支援者といった組合員が地域のサービスの管理・運営に携わり、貢献度に応じて配当を受け取る「組合型」と呼ばれる仕組みを採用し、サービスの利用者に当事者意識を持って主体的に地域のサービスに関わってもらい、よりよいサービスを実現しようとしています。
そのほか、シンガポールでUberのような配車サービスを提供するTADAは、韓国の分散型モビリティプラットフォームMass Vehicle Ledger(MVL)を利用したサービスの事例です。MVLについてはプラットフォームとして後述します。
旅行
シェアリングエコノミーの旅行に関するサービスでもブロックチェーンの活用が期待できます。
ベトナムのスタートアップTriipは地元の企業や人による滞在プランやショッピングツアーを予約できるサービスです。インターネット上に膨大な旅行情報や旅行に関するサービスが溢れ、旅行を計画するのが逆に難しくなっている中、地元の力を借りて適切な価格で希望の旅行体験を作り出せるサービスとして期待できます。Triipによると、227ヶ国の約190万客室、100ヶ国の6000人以上の地元ガイドを予約可能です。
また、本ブログでも紹介したWinding Treeは分散型のパブリックブロックチェーンを利用したB2Bの旅行マーケットプレイスですが、Winding Treeがターゲットを個人にも広げる、または企業がWinding TreeのAPIを使うなどして個人が宿泊施設を登録できるようになると、ブロックチェーンベースのAirbnbのように機能する可能性があります。
- Winding Tree – open source distribution ecosystem of hotel and airline inventory
- ブロックチェーンで旅行業界の変革を目指すWinding Tree
電力シェアリング
電力については古くからマイクログリッドをはじめ、地産地消、P2P型の電力システムが検討されてきました。ここでブロックチェーンを利用したP2P電力に注目が集まるのは自然な流れと言えそうです。
古くはアメリカのコンサルティングファームLO3 Energyと、ブロックチェーン技術に特化した開発スタジオConsenSysのジョイントベンチャーTransActive Gridがこの分野に取り組み、ニューヨークではコミュニティーベースの分散型電力シェアシステムBrooklyn Microgridが実験的に運用されています。
ブロックチェーンとシェアリングエコノミー – TransActive Grid – Blockchain Biz【Gaiax】
オーストラリアのPower Ledgerは企業を対象に汎用な電力取引のためのソフトウェアプラットフォームを提供することを目指していますが、TransActive Gridのように個人がP2Pで電力を売買するモデルも想定しています。Power Ledgerはオーストラリアや隣国ニュージーランドをはじめ、アジアやアメリカなどでも実証実験を行い、日本では関西電力との共同プロジェクトが発表されています。
スキルシェアリング
古くからのサービスとして、自律分散型の企業を作るためのサービスColonyの開発が続いています。シェアリングエコノミーという観点では、Colonyは個人がスキルを共有するためのサービスととらえることができます。2014年の創業から長らく開発が続いていましたが、2019年半ばにEthereumメインネットへの最初のリリースが発表され、現在は申請に基づいてベータユーザーを受け入れています。クラウドソーシングサービスが仕事の受発注の場として認知度を高める中、ブロックチェーンベースのサービスの先駆けであるColonyの今後に期待したいところです。
ブロックチェーンベースのプラットフォーム
より汎用なブロックチェーンベースのプラットフォームを作り、その上に事例として具体的なサービスをのせ、プラットフォームを展開していく動きも押さえておきましょう。
先に少し触れた韓国のMass Vehicle Ledger(MVL)はブロックチェーンベースのモビリティエコシステムのためのプラットフォームです。MVLを使ったサービスの一例として、シンガポールの配車サービスTADA、TADA Taxiがあります。MVLはドライバーの運転情報、ユーザーの利用状況、コインによる支払い状況といったデータを各サービスから受け取り、各サービスから受け取ったデータと合わせてMVL共通のポイントやランクといったデータを参照するためのプロトコルを提供しています。
Blockchain Lockは、IoTとブロックチェーンを組み合わせてさまざまな資産を安全にシェアするためのプラットフォームを提供する日本の企業です。独自のBCLチェーンを基盤にしたプラットフォームとスマートロックを始めとする専用デバイス、ユースケースを開発しています。
前出のTriipは旅行者と旅行関連企業や個人をマッチングするためのプロトコルTriip.protocolおよびそのネットワークの構築も行っていて、2018年に運用が始まりました。旅行者は匿名性が高い状態でチケットの購入といった旅行に関する情報をネットワークに共有し、旅行関連企業や個人は匿名の旅行者に対してメッセージや広告を送りアプローチすることができます。Triip Protocolでの決済にはBitcoin、Ethereum、Triipの独自トークンTriipMilesが利用できます。
ブロックチェーンとシェアリングエコノミーの今後
シェア、シェアリングエコノミーという言葉が一般に知られるようになって久しく、サービスの利用も進んでいます。大量生産大量消費に疑問を感じ、本当に必要なものや大事にしたいものを少しだけ所有し身軽に生きるといった先進国を中心とした消費者意識の変化もシェアリングエコノミーの浸透に寄与しているのかもしれません。
一方、現状、広く使われているシェアリングエコノミーのサービスは、モビリティーや旅行に関するものに限られ、サービスとしてはお金を払って一時的にものを共有するものが主流です。今後シェアリングエコノミーが一つの経済圏として地位を確立するには、事例として紹介した電力シェアリングやスキルシェアリングのようにより多くの分野でサービスが作られ、お金を払ってものを共有する以上の体験を提供し、お金やデータが循環する仕組みを作っていく必要があります。改ざんが不可能で透明性の高い状態で、必要に応じてデータへのアクセス権限を設定し、ネットワーク上での取引やユーザーのよい行動に関する評価を共有しやすいブロックチェーンは、シェアリングエコノミーが次の段階に進化する上で重要な役割を果たすことでしょう。
本記事でも紹介したように実際に稼働を始め、DAO(自律分散型組織)を目指しているサービスも出てきています。また、初期に多かった中央管理者をなくして分散型のリベラルなサービスを構築するといったスタイルが少し軟化し、ユースケースベースで必要に応じて企業とも連携して現実的な形でサービスが開発されているのも興味深い変化です。
ゆっくりではありますが、シェアの概念、シェアリングエコノミーは確実に浸透しつつあります。ブロックチェーンの果たす役割や個々のサービス、プラットフォームの動きに注目しつつ、来るべき真のシェアリングエコノミーの時代を楽しみに待ちたいところです。