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誤情報とフェイクニュース:ブロックチェーンやDAOによる対策事例

現在の情報化社会において、誤情報やフェイクニュースなどの偽情報がもたらす影響はますます深刻化しています。ブロックチェーン技術や自律分散型組織(DAO)は、誤情報や偽情報への対策としてどのように活用できるのでしょうか。ブロックチェーンの透明性と不変性、DAOの自律性と参加型の特性を活かすことで、情報の信頼性を高める取り組みが世界中で模索されています。本記事では具体的な事例を紹介しながら、その効果と可能性を探ります。 「誤情報」と「偽情報」との違い そもそも誤情報と偽情報は、何が違うのでしょうか。誤情報(misinformation)は、間違いによって作成され広められる情報です。これは、その情報が間違っていることに気づかずに拡散してしまうもので、意図的なものではありません。実際の出来事や事実が文脈を外れて解釈されたり、偶然に誤った情報が伝えられたりする場合に発生します。一方、偽情報(disinformation)は、意図的に作成され、広められる情報を指します。ディープフェイクやフェイクニュース、デマ、プロパガンダなどは偽情報に該当します。偽情報は、特定の目的を持つ人々によって広められます。 世界経済フォーラムが発表した「グローバルリスク報告書2024年版」では、今後2年間の最大のグローバルリスクとして、誤情報と偽情報が挙げられています。この報告書は、約1,500人のグローバルリスクの専門家、政策立案者、業界のリーダー(「グローバルリスク・コンソーシアム」のメンバー)に対して行われた調査結果に基づき、現在世界が直面している最大のリスクとして認識されているものを集計しています。 画像:世界経済フォーラムグローバルリスク報告書2024年版より 誤情報と偽情報のリスクが高まっている背景として、生成AIなど高度化する技術の普及により情報の改ざんが容易になっている点が挙げられます。加えて、今年(2024年)は「選挙の年(Year of Elections)」とも言われるように、世界の80ケ国以上で投票が実施される(参考記事)こともこれらのリスクへの注目の高まりの背景にあると言えます。選挙期間中は、意図的に誤った情報が拡散されることで、有権者の判断が歪められる可能性があることから、偽情報による政治的分断のリスクが高まっていると懸念されています。さらに、世界各地で発生している自然災害や紛争などに関連した誤情報や偽情報も多く広まっていることも、リスクが高まっている要因と言えるでしょう。 誤情報やフェイクニュースに対する取り組み 誤情報やフェイクニュースなどの偽情報に対する懸念が高まる中、世界各地で様々な取り組みが行われています。 AI規制法案 まず、ディープフェイクの生成などに用いられているAIの利用について規制しようという動きが挙げられます。ヨーロッパでは、欧州連合(EU)の加盟国からなる閣僚理事会が、今年5月21日にAIを包括的に規制する法案(AI法案)を承認しました。生成AIの提供企業にAI製であることを明示させるなど、透明性の担保を求める内容となっていて、2026年には全面適用が開始されます。EUのAI法案は、世界でも初めてのAI規制法案となりますが、今後ヨーロッパ以外の地域や国でもAI規制にかかわるルールが導入されることが予想されます。 関連情報: JETRO ”EU理事会、AI法案を採択、2026年中に全面適用開始へ” コンテンツ認証 AI規制と合わせて注目されているのがコンテンツ認証技術です。各コンテンツが人間によって作成されたのか、または機械によって作成されたのかを判断するために、コンテンツにラベルを付けることを目的とした技術です。コンテンツ認証に力を入れている企業の1つがAdobeです。同社は、デジタルメディアの透明性を確保し、誤った情報や偽情報の拡散を防ぐために、コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)やコンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)を立ち上げ、運営しています。 コンテンツ認証イニシアチブ(CAI) コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)は、2019年にAdobe、The New York Times、X(当時はtwitter)によって立ち上げられた取り組みで、デジタルメディアの透明性を保証し、コンテンツの生成と変更の履歴を追跡するメタデータを組み込むことで誤情報や偽情報に対抗するシステムを開発しています。このイニシアチブは、オープンソースの開発方法を推進し、特に情報の起源を明らかにすることで偽情報に対処することに焦点を当てています。CAIには、メディア、テック企業、NGO、学術機関など現在55ヶ国以上から1,500を超えるメンバーが参加しています。CAIに参加するNikonが、同じくCAIに参加するAFP通信と協働し、Nikonが開発中の来歴記録機能の報道分野における実用性検証を開始するといった動きも出ています。​  画像:コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)のウェブサイト コンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA) コンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)は、米国のNPOであるジョイント・デベロップメント・ファウンデーションが主導するプロジェクトで、コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)とプロジェクト・オリジン(​​2018 年に BBCが CBC/Radio-Canada、The New York Times および Microsoftとともに発足)の活動を統合していて、デジタルコンテンツのソースと履歴を認証するための技術標準を作成することを目的としています。C2PAは、さまざまなプラットフォームやクリエーターが実装できる統一されたコンテンツ認証のアプローチを提供し、ウェブ全体のメディアの透明性と完全性に焦点を当てています​。 画像:コンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)のウェブサイト CAIとC2PAは、どちらもデジタルメディアの信頼性を向上させることを目的としていますが、CAIはデジタルコンテンツの透明性を高めるためのシステムを構築し、クリエーターが自身の作品に対する著作権を主張できるようにすることに重点を置き、C2PAはデジタルコンテンツの来歴に関するオープンなグローバル標準の開発と普及に焦点を当てていると言えます。お互いを補完するような形で活動をしており、実際にCAIのウェブサイトで公開されているCAIのオープンソースSDK(ソフトウェア開発キット)は、C2PA基準に基づいたコンテンツ認証情報を作成、検証、表示するためのツールとライブラリのセットとなっています。(CAIのオープンソースSDKはこちらに公開されています。) 関連情報: Adobe コンテンツ認証情報 Nikon プレスリリース「AFP通信と協働し、ニコンのカメラへの来歴記録機能搭載に向けた検証を開始」(2024年1月) ブロックチェーン技術を活用した取り組み事例 次に、誤情報やフェイクニュース対策において、ブロックチェーン技術がどのように活用されているか見てみましょう。 まず、ブロックチェーン技術による透明性と不変性は、情報の信頼性を確保するために極めて重要だと言えます。例えば、ブロックチェーンにニュース記事や公的記録などのデジタルコンテンツを記録することで、データの改ざんを防ぎつつ、公開情報の変更履歴や閲覧者の記録を透明に管理することが可能になります。これにより、情報がどのように生成され伝えられてきたかが明らかになり、不正確な情報や意図的に操作された情報を容易に特定することが可能になります。 さらに、ブロックチェーンは分散型ネットワークであるため、中央機関に依存することなく情報の正確性を確認できます。DAOを活用すれば、コミュニティ主導での情報検証システムの構築が可能となり、特定の組織や個人による情報操作のリスクが軽減され、情報の公正性が保たれます。また、スマートコントラクトを使用することで、誤情報やフェイクニュースの検証プロセスを自動化し、より効率的かつ確実に実行することができます。 具体的な事例 誤情報やフェイクニュースの対策のためにブロックチェーン技術が活用されている具体的な事例をご紹介します。 初期の取り組み(2010年代後半) Civil (Civil Media Company) ブロックチェーン技術を使って、ジャーナリズムの信頼向上を目指した初期の取り組みとして、Civilが挙げられます。Civilは、ベンチャー企業であるCivil Media Companyによって2016年に設立された分散型メディアプラットフォームで、ブロックチェーン技術を活用してジャーナリズムを支援することを目的にしたプロジェクトです。独自の仮想通貨CVLトークンを発行し、メンバーはCVLトークンを買うことで投票権を獲得し、信頼できるニュースの評価や異議申立てができるようになるというもので、一時は100人以上のメディア会員数を抱えるまでに成長し、イーサリアム・ブロックチェーン上に記事を保存するなど、新しいメディアのあり方を切り開いていました。他方、2018年にICOが失敗し、その後Consensysから追加融資を受けるものの独立した運営を持続することが出来ず、残念ながら2020年にはCivilは閉鎖となってしまいました。残念な結果にはなってしまいましたが、従来のような広告報酬に頼らない「持続可能なジャーナリズム」という新しいビジネスモデルを打ち出したという点で、注目に値する事例であると言えます。 関連情報: Civilの閉鎖についての公式アナウンスメント:”Ending the Civil Journey” Coin Post 「ブロックチェーンベースのジャーナリズム支援プラットフォーム「Civil」が幕を閉じる」(2020.6) あたらしい経済 「ジャーナリズムの改善を目指した分散型メディアプラットフォーム「シビル(Civil)」がプロジェクト終了」 大手ニュースメディアによる取り組み Civilのようなベンチャー企業による取り組みとは別に、大手のニュースメディアがブロックチェーン技術を活用する動きが2010年代の終わり頃から拡大しています。 The News Provenance Project 「ニュース・プロビナンス・プロジェクト(the News Provenance Project: NPP)」は、The New York TimesとIBMの協力により2019年に開始したプロジェクトで、ニュースコンテンツの出所を明確にすることで、偽情報の拡散を防ぐことを目的としています。NPPの概念実証(PoC)では、特に報道写真の来歴に注目し、報道機関が公開した写真のメタデータをブロックチェーン(Hyperledger Fabric)に記録する試みを行いました。それぞれの写真がいつ、どこで、誰によって撮影されたのか、またどのような編集が加えられたかの履歴が残り、読者が写真の情報を自ら確認することができるという取り組みです。PoCで仮に作成されたソーシャルメディアプラットフォームはこちらのサイトで確認することが出来ます。 画像:NPPウェブサイトより。ブロックチェーンに保存されたメタデータにより、ユーザーは写真の来歴を確認したり、類似の写真と照合したりすることができる 関連情報: Introducing the News Provenance Project The Brown Institute for Media Innovation “A technology of trust in a trustless information economy: Insights into The News Provenance Project” ANSACheck ブロックチェーン技術を使って、メディアの信頼向上を図る動きは欧州にも広がっています。イタリアの通信社ANSAは、2020年に大手コンサルティングファームのErnst & Young(EY)と提携してニュースを追跡するためのブロックチェーンプラットフォーム「ANSAcheck(アンサチェック)」を試験的に開発しました。ANSAcheckは、イーサリアムのパブリックブロックチェーン上で動作するEY OpsChainトレーサビリティソリューションをベースにしていて、ニュース記事がプラットフォーム内でアップロードされると、テキストのハッシュまたはデジタル フィンガープリントがANSAcheckよって記録されます。記事がウェブサイトやその他のプラットフォームで公開されると、テキストは再ハッシュ化され、既存のハッシュと比較され、ハッシュ化されたデータが一致した場合に公開された記事にはANSAcheckのデジタルステッカーが貼られるという仕組みになっています。 画像:ANSA Englishより。ハッシュ化されたデータが一致した場合に、記事にANSAcheckのデジタルステッカーが貼られる。 関連情報: EY "How blockchain helps the public see the truth in the story" ANSA “ANSA leveraging blockchain technology to help readers check source of news” あたらしい経済「​​イタリア通信社ANSAがフェイクニュース撲滅のためブロックチェーンプラットフォーム開発」 Capture 欧米のみならず、アジアでもデジタルメディアの信頼性向上のためのソリューションを提供する動きが出ています。特に、台湾のスタートアップであるNumbers Protocolは、デジタルメディアの来歴と真正性の証明に関する技術革新を牽引している企業だと言えるでしょう。Numbers Protocolは、米国で毎年開催される大規模イベントのSXSWのピッチイベントであるSXSW Pitchで、2023年のMetaverse および Web3 部門で最優秀賞を受賞するなど世界的に注目を集めていて、C2PA規格やEU一般データ保護規則(GDPR)に適応したソリューションをグローバルに展開しています。(Numbers Protocolのより詳細な情報は、こちらのページを参照。) Numbers Protocolの主力製品である「Capture」は、世界で初めての分散型web3カメラアプリで、デジタルコンテンツの認証と登録を行うためのツールとなっています。Captureを使用すると、ユーザーはコンテンツをブロックチェーンに登録し、その出所や編集履歴を追跡できるようになります。これにより、コンテンツが改ざんされていないかどうかを瞬時に確認でき、信頼性の高いデジタル資産を作成することができる他、コンテンツをNFTにして収益化することも可能になります。また、カメラアプリ(Capture Cam)以外にも、デジタルコンテンツを一箇所で管理できる分散型ストレージ機能(Capture Dashboard)や、アプリケーションにブロックチェーン機能を簡単に統合できる開発者向けのツール(Capture SDK)、ウェブサイトのコンテンツの出所を確認できる認証ツール(Capture Eye)も提供しています。(Captureのより詳細な情報は、こちらのページを参照。) Numbers Protocolは、誤情報やフェイクニュースへの対応にも注力していて、ロイター通信、サウスチャイナ・モーニング・ポスト、Starling Lab(スタンフォード大学の電気工学科とUSC Shoah 財団によるイニシアチブ)やRolling Stone誌などに協力しています。2020年の米国の大統領選挙の後の政権移行を記録するためにロイター通信とStarling Labが立ち上げた写真のアーカイブプロジェクト「78 Days」では、Numbers Protocol が提供する画像認証技術や分散型 Webプロトコルが利用されました。また、ロイター通信とStarling LabがCanonと協力して2022年に実施したPoCでは、ロシア軍によるウクライナへの侵攻に関する報道で写真の真正性の証明が検証され、その際にもNumbers Protocol の技術が利用されました。このPoCでは、フォトジャーナリストによって撮影された写真がCanonのカメラによってデバイス固有のキーを用いてデジタル署名が行われ、写真データはメタデータと共に直接ロイターのシステムへ送信されます。そして、認証された画像は公開ブロックチェーンに登録され、FilecoinとStorjプロトコルを用いた暗号化アーカイブにも保存されます。編集過程での各変更はプライベートデータベース(ProvenDB)に記録され、公開台帳(Hedera public ledger)にも真正性が登録され、最終的にC2PA規格で画像ファイルに全ての情報が組み込まれ、公開されるという手順が踏まれました。これらの検証を踏まえて、2022年6月にはStarling Labが国際刑事裁判所(ICC)にロシアのウクライナにおける戦争犯罪の証拠としてブロックチェーンに登録されたデータの提出を行っています。 画像:ロイター通信とキャノンによる画像認証技術のPoCについてのサイトより。C2PA規格で画像ファイルに全ての情報が組み込まれ公開された例(ウクライナ)。 関連情報: Numbers Protocol ホワイトペーパー  Numbers Protocol ユースケース Numbers Numbers Protocol Numbers DAO Starling Lab https://youtu.be/X4komlmuHxk DAOの可能性 このように、様々な報道機関やテック企業により、ブロックチェーン技術を活用してデジタルメディアの信頼性を高め、誤情報やフェイクニュースに取り組む動きが広がっています。加えて、分散化技術の特性を利用して、誰でも参加できるDAOによる取り組みの可能性についても検討が行われています。 DAOによる情報の検証の仕組みについて実用化されている事例はまだ少ないですが、Factland DAOは誤情報に対処するために事実確認プロセスを改善することを目的とした非営利のDAOで、ベータ版のプラットフォームを公開しています。 Factland DAOでは、ユーザーは疑わしい情報を報告し、FACTトークンをステークして調査員(Investigators)や陪審員(Juror)を報酬で支援する仕組みを提供しています。コミュニティメンバーは証拠を収集し、ランダムに選ばれた匿名の陪審員が証拠を審査して評決を下します。Factlandは、クラウドソーシングとトラストレスな検証を用いて迅速でかつ信頼性の高い市民によるファクトチェックを実現することを目指しています。(Factland DAOのホワイトペーパーはこちらを参照。) Factland DAOの仕組みは、下記の4つのステップからなっています。 報告: ユーザーが偽情報の疑いがあるコンテンツを報告し、FACTトークンをステークします。 調査: 調査員が証拠を収集し、情報の真偽を検証します。 陪審: ランダムに選ばれた匿名の陪審員が証拠を審査し、評決を下します。 報酬:…

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アブダビADGMの新たなフレームワークから探る世界のDAO規制動向

分散型自律組織(DAO)は、ブロックチェーン技術の進化と共に新しい組織形態として注目を集めています。しかし、その法的位置づけや規制については、国際的にまだ明確な基準が確立されていないのが現状です。DAOの法的位置付けがない状態では、資産の所有、義務・権利の行使、参加者の保護などの面で問題やリスクが伴うことから、世界各地でDAOの規制枠組みを検討する動きが出ています。 昨年11月には、アラブ首長国連邦の首都アブダビにあるADGM(Abu Dhabi Global Market)が、新たに分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology:DLT)プロジェクトに関する規制フレームワークを発表しました。このフレームワークはどのような内容で、これまでのDAO規制とはどのように異なるのでしょうか。今回の記事では、ADGMのDLTフレームワークの内容を中心に、世界各地のDAOに関係する規制についてご紹介します。 ADGMのDLT Frameworkとは 概要 UAEの首都アブダビは、近年ブロックチェーン関連分野の企業誘致に力を入れていて、web3の世界的なハブとしての地位を獲得しようとするドバイのライバルとも言われています。ADGM(Abu Dhabi Global Market)は、2015年にアブダビに設立された国際金融センター兼経済特区で、ADGM独自の金融規制当局、登録局、そして裁判所が設置されています。2018年にデジタル資産の取引に関する規制を導入したことで、暗号資産を取り扱う企業にとっても有望な投資先となっています。 2023年11月2日、ADGMはDLTを採用する組織向けの新たな規制フレームワークとして、「DLT基金向けフレームワーク(DLT Foundations Framework)」を導入しました。ADGMのウェブサイトには、このフレームワークはブロックチェーン基金やDAO向けの「世界初」の法的規制枠組みであると記載されています。 ADGMは、このフレームワークは業界関係者や有識者との協議を経て策定されたものであると説明していて、DLTやブロックチェーン分野のニーズに対応することで、DAOなどの新しい組織形体の法的規制に関して世界的なベンチマークを提供しているとしています。 本記事で後述する通り、DAOなどの組織に法的地位を与えている事例は他にもありますが、非中央集権的ガバナンス構造の認識や法的保護に関する体系的なガイドラインを提供している事例は世界的にもまだ数少ないため、ADGMの取り組みは世界的にも先進的な事例の1つであると言えるでしょう。 ADGM DTLフレームワークの構造と内容 では、ADGMのDTLフレームワークにはどのような内容が規定されているのかを確認してみましょう。このフレームワークは、下記15のパートにより構成された包括的なものになっています。なお、フレームワークの全文はADGMのウェブサイトよりダウンロードが可能ですので、各パートのより詳細な内容はそちらをご確認ください。 何がポイントなのか 次に、ADGM DTLフレームワークの何がより重要なポイントなのかを考えてみましょう。 「DLT」という単語の使用 このフレームワークが「ブロックチェーン」ではなく「DLT」という用語を使用していることに注目出来ます。DLTは分散型台帳技術の略で、ブロックチェーンとは呼べない分散型台帳技術も含んだ意味を持ちます。このことからプライベートチェーンや、パブリックチェーンに限定されず、幅広い技術を対象としていることを示唆しています。これはより広範な分散型技術を含むことを示しており、技術の多様性と応用範囲の広さを認識することで、将来の技術的発展に対応するための柔軟性を確保するための意図であると考えられます。 また、DAOについては、フレームワーク本文中に明示的な言及はありませんが、特にプロトコルDAOを意識している規制であると言えます。ただし、DLTという言葉を使っていることから、敢えてプロトコルDAOといった特定の組織をターゲットとしているとは言及はせず、幅広い組織体系をカバーする意図があると思われます。 さらなる技術革新への対応 ADGMのDLTフレームワークは、DLTベースの組織の設立、運営、解散をカバーする包括的な規制体系となっており、柔軟性も備えていると言えます。フレームワークのパート6では、DLT財団の憲章にその目的、組織とガバナンス構造、義務、権限、機能、意思決定プロセス、トークン発行などについて記載することを規定していますが、財団内の所定の承認手続きを経ることで憲章の変更を可能としています。これは、DLT財団がその憲章とともに進化し、変化する市場や技術的環境に適応できるように設計されていると言えるでしょう。 規制アプローチの違い 後述の通り世界各地でブロックチェーン基盤の組織に対する新たな規制枠組みを制定する動きがありますが、多くはDAOやブロックチェーン技術を既存の法的・規制的枠組みに統合する試みとなっています。これに対し、ADGMのDLTフレームワークは、DLT財団が特定の規制要件(マネーロンダリング防止、データ保護など)に適合することを定めていますが、「DLT財団」という新たな枠組みを策定することにより、その運営と発展を促進するための十分な余地を確保しています。これは、規制と革新のバランスを取りながら、信頼と安全性を確保することで、参加者や投資家にとって魅力的な環境を提供しようとしていると言えます。 関連記事: ADGM:ADGM introduces the worlds first DLT Foundations Regime コインテレグラフ:Web3ハブを目指すアブダビ 分散型自律組織に関する規制枠組みを整備   世界のDAO規制に向けた動向 では、世界各地ではこれまでにどのような規制枠組みが導入されているのでしょうか。特にDAO関連の規制について概観してみましょう。なお、ここでは、DAOの法的な受け皿としての主体(法人格等)を「リーガル・ラッパー(legal wrapper)」と呼称しています。 世界各地の事例 米国の一部の州では、DAOが法人として登録することが法的に認められています。バーモント州では、2018年に可決した州法により、ブロックチェーンを基盤とした組織(「DAO」の明示はなし)をBlockchain-based LLC (BBLLC)という有限責任会社(日本の会社法では合同会社に該当)として登録することを可能としました。ワイオミング州では、DAOに焦点を絞った州法が2021年に可決され、DAOを有限責任会社 ( LLC )として設立することを可能にし、DAOの法的認識や資産保有の能力を認めています。これに続いて、2022年にはテネシー州で同様にDAOをLLCとして設立することを可能にする法律が施行され、ワイオミングに次いで2番目にDAOの法的位置付けを定めた州となりました。また、ユタ州でも、2023年にユタ州のDAO法が可決され、DAO に法的承認と限定的責任を与えた他、DAO の所有権を定義し、条例によって匿名性の保護や品質保証プロトコルなどを導入しています。米国の他の州でもDAOの法的規制を進めようとする動きが出ています。 また、米国で活用されているその他のリーガル・ラッパーとして、法人化されていない非営利団体(unincorporated nonprofit associations: UNA)も挙げられます。UNA は通常、設立のために州への届け出を行う必要はないため簡易な制度であると考えられていますが、州によって準拠法が異なるため、法的保護などについて確実性が低いと言われています。 米国外でもDAOを法的に認知する動きは広がっています。オセアニアの国であるマーシャル諸島では、2022年に国として世界で初めてDAOを法人として承認する法改正を可決しました。2023年には、同法律の改正を行い、DAOの登録期間の短縮や責任の免除を盛り込むなど、先進的な法律をさらに強化し、グローバルなDAOの法人化のハブになることを目指しています。 カリブ海地域にあるケイマン諸島も、2017年に財団会社法(Foundation Companies)を導入し、DAOにリーガル・ラッパーを提供している地域として知られています。ケイマン諸島の財団会社は、株主がいない状態で法人格を有し、信託や財団のように機能しながら、別個の法人格と会社の限定責任を保持する新しい法人形態となっています。この構造は、DAOが第三者との契約締結や資産保有など、法的な行動を行うことを可能にしているもので、オーナーレス財団(ownerless foundations)という観点からはADGMのDLTフレームワークにも少し近いと言えるでしょう。 世界各地で採用されているリーガル・ラッパーの事例(注:これが全てではなく、さらに国や地域によって異なるリーガル・ラッパーが存在します) 国・地域 関連法律 リーガル・ラッパー 米国 バーモント州 LCC法 (2018) Blockchain-based LLC (BBLLC) 米国 ワイオミング州 Wyoming Decentralized Autonomous Organization Supplement (2021) Wyoming DAO LLCs 米国 テネシー州 Tennessee Code Annotated, Title 48 (2022) Tennessee DAO LLC 米国 ユタ州 Decentralized Autonomous Organizations Amendments (2023) Limited liability DAO (LLD) マーシャル諸島 Decentralized Autonomous Organization Act (2022) Limited Liability Company (LLC) ケイマン諸島 Foundation Companies Law, 2017  Foundation Company 関連記事・論文: HackerNoon:DAOs and Compliance: The Importance of Legal Wrappers CoinDesk:State Lawmaker Explains Wyoming's Newly Passed DAO LLC Law ライフデザイン研究部 主席研究員 柏村 祐:「Web3.0「DAO 法」の衝撃」 日本国内の動き DAOを対象とした法規制制定の動きは、日本でも始まっています。自由民主党デジタル社会推進本部は、2022年1月にweb3プロジェクトチーム(web3PT)(旧:NFT 政策検討プロジェクトチーム)を設置し、2023年4月に発表された「web3ホワイトペーパー 〜誰もがデジタル資産を利活用する時代へ〜」の中で、合同会社をベースにLLC型のDAO特別法を制定し、会社法上の規律や金融商品取引法上の規律を一部変更して適用することが提言されています。 「LLC 型 DAO に関する特別法の制定」に関する提言(自民党web3PT「web3ホワイトペーパー」(2023.4)より抜粋) DAO への法人格付与を検討する場合、既存の様々な法人形態の中では、所有と経営の一致を前提とし、かつ、定款自治が比較的広く認められている合同会社が DAO の実態と比較的親和性が高い。 よって、まずは LLC 型の DAO に関する特別法を制定し、会社法上の合同会社の規律及び金融商品取引法上の社員権トークンに関する規律を一部変更して適用することが有力な選択肢と考えられる。早急な法制化を目指す観点からは、議員立法による法制化も検討されるべきである。 具体的には、例えば、合同会社の規律では、合同会社の社員の氏名・名称及び住所が定款記載事項となっている等、機動的な DAO の設立・運営に適さないため、DAO の特性を踏まえた規律に変更すべきである。 なお、LLC 型 DAO の立法化は DAO 設立における選択肢を増やす趣旨であり、その他の法形式の DAO の設立・活動を否定するものではない。また、LLC 型DAO を選択する場合でも、DAO が、合同会社の社員権を表章する社員権トークン以外のトークンを発行することを妨げるものではない。 また、上記提言を受けて、2023年11月から12月にかけて「DAOルールメイクハッカソン」が開催され、DAOの活用事例や事業者か直面している課題について情報共有を行い、DAO組成に取り組む事業者間の連携やノウハウの共有を行う機会が設けられました。事業者目線の課題やニーズを汲み取った形で、日本で新たにDAOに関する法的規制が今後どのように形成されていくのかが注目されます。 関連記事・情報: CoinDesk Japan:世界を驚かすような事例が生まれる──税制改正、DAOの規制整備でWeb3のエコシステムを回していく:自民党web3PT 自由民主党デジタル社会推進本部 DAOルールメイクに関する提言 ~ 我が国における新しい組織のあり方について ~(2024年1月) おわりに DAOやブロックチェーンベースの組織はまだ新しく、世界各地で、新たな規制枠組みを導入する動きがみられています。DAOに関する規制としてはLLCとして登録する事例が多く、DAOやブロックチェーン技術の特色を踏まえつつ、既存の法的・規制的枠組みに統合する試みが行われています。これにより、これらのエンティティが法的な構造内で機能し、運営者や投資者に確実性を提供することが目指されています。 本記事でご紹介したADGMのDLTフレームワークは、DLT財団の設立から運営、解散に至るまでの全過程にわたって規制基準を提供するもので、その包括性と柔軟性で今後の更なる技術革新も視野に入れた枠組みとなっています。DLT財団の活動が法的に保護され、規制上の要件に適合することを保証しつつも、運営と発展のために柔軟性も持たせている点が大きな特色と言えます。ADGMのDLTフレームワークが発表された後の2023年11月29日には、ドイツに拠点を置くIOTA(アイオータ)財団が、新たにIOTA エコシステム DLT財団(the IOTA Ecosystem DLT Foundation)をADGM内に設立したことを発表しています。IOTA財団は仮想通貨であるIOTAの研究開発を行う非営利組織で、新たに設立された財団はADGMのDLTフレームワークに準拠した初めてのDLT財団となっています。今後どのようなプロジェクトがDLT財団として登録されていくかにも要注目です。 関連記事: IOTA Foundation: First Registered…

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