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分散型自律組織(DAO)は、ブロックチェーン技術の進化と共に新しい組織形態として注目を集めています。しかし、その法的位置づけや規制については、国際的にまだ明確な基準が確立されていないのが現状です。DAOの法的位置付けがない状態では、資産の所有、義務・権利の行使、参加者の保護などの面で問題やリスクが伴うことから、世界各地でDAOの規制枠組みを検討する動きが出ています。

昨年11月には、アラブ首長国連邦の首都アブダビにあるADGM(Abu Dhabi Global Market)が、新たに分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology:DLT)プロジェクトに関する規制フレームワークを発表しました。このフレームワークはどのような内容で、これまでのDAO規制とはどのように異なるのでしょうか。今回の記事では、ADGMのDLTフレームワークの内容を中心に、世界各地のDAOに関係する規制についてご紹介します。

ADGMのDLT Frameworkとは

概要

UAEの首都アブダビは、近年ブロックチェーン関連分野の企業誘致に力を入れていて、web3の世界的なハブとしての地位を獲得しようとするドバイのライバルとも言われています。ADGM(Abu Dhabi Global Market)は、2015年にアブダビに設立された国際金融センター兼経済特区で、ADGM独自の金融規制当局、登録局、そして裁判所が設置されています。2018年にデジタル資産の取引に関する規制を導入したことで、暗号資産を取り扱う企業にとっても有望な投資先となっています。

2023年11月2日、ADGMはDLTを採用する組織向けの新たな規制フレームワークとして、「DLT基金向けフレームワーク(DLT Foundations Framework)」を導入しました。ADGMのウェブサイトには、このフレームワークはブロックチェーン基金やDAO向けの「世界初」の法的規制枠組みであると記載されています。

画像:2023年11月にADGMはDLTフレームワークを発表した(ADGMホームページより抜粋)

ADGMは、このフレームワークは業界関係者や有識者との協議を経て策定されたものであると説明していて、DLTやブロックチェーン分野のニーズに対応することで、DAOなどの新しい組織形体の法的規制に関して世界的なベンチマークを提供しているとしています。

本記事で後述する通り、DAOなどの組織に法的地位を与えている事例は他にもありますが、非中央集権的ガバナンス構造の認識や法的保護に関する体系的なガイドラインを提供している事例は世界的にもまだ数少ないため、ADGMの取り組みは世界的にも先進的な事例の1つであると言えるでしょう。

画像:ADGMで「DLT財団」となることのメリット一覧(ADGMウェブサイトより抜粋)

ADGM DTLフレームワークの構造と内容

では、ADGMのDTLフレームワークにはどのような内容が規定されているのかを確認してみましょう。このフレームワークは、下記15のパートにより構成された包括的なものになっています。なお、フレームワークの全文はADGMのウェブサイトよりダウンロードが可能ですので、各パートのより詳細な内容はそちらをご確認ください。

画像:ADGM DLTフレームワークの構造と各項目

何がポイントなのか

次に、ADGM DTLフレームワークの何がより重要なポイントなのかを考えてみましょう。

「DLT」という単語の使用

このフレームワークが「ブロックチェーン」ではなく「DLT」という用語を使用していることに注目出来ます。DLTは分散型台帳技術の略で、ブロックチェーンとは呼べない分散型台帳技術も含んだ意味を持ちます。このことからプライベートチェーンや、パブリックチェーンに限定されず、幅広い技術を対象としていることを示唆しています。これはより広範な分散型技術を含むことを示しており、技術の多様性と応用範囲の広さを認識することで、将来の技術的発展に対応するための柔軟性を確保するための意図であると考えられます。

また、DAOについては、フレームワーク本文中に明示的な言及はありませんが、特にプロトコルDAOを意識している規制であると言えます。ただし、DLTという言葉を使っていることから、敢えてプロトコルDAOといった特定の組織をターゲットとしているとは言及はせず、幅広い組織体系をカバーする意図があると思われます。

さらなる技術革新への対応

ADGMのDLTフレームワークは、DLTベースの組織の設立、運営、解散をカバーする包括的な規制体系となっており、柔軟性も備えていると言えます。フレームワークのパート6では、DLT財団の憲章にその目的、組織とガバナンス構造、義務、権限、機能、意思決定プロセス、トークン発行などについて記載することを規定していますが、財団内の所定の承認手続きを経ることで憲章の変更を可能としています。これは、DLT財団がその憲章とともに進化し、変化する市場や技術的環境に適応できるように設計されていると言えるでしょう。

規制アプローチの違い

後述の通り世界各地でブロックチェーン基盤の組織に対する新たな規制枠組みを制定する動きがありますが、多くはDAOやブロックチェーン技術を既存の法的・規制的枠組みに統合する試みとなっています。これに対し、ADGMのDLTフレームワークは、DLT財団が特定の規制要件(マネーロンダリング防止、データ保護など)に適合することを定めていますが、「DLT財団」という新たな枠組みを策定することにより、その運営と発展を促進するための十分な余地を確保しています。これは、規制と革新のバランスを取りながら、信頼と安全性を確保することで、参加者や投資家にとって魅力的な環境を提供しようとしていると言えます。

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世界のDAO規制に向けた動向

では、世界各地ではこれまでにどのような規制枠組みが導入されているのでしょうか。特にDAO関連の規制について概観してみましょう。なお、ここでは、DAOの法的な受け皿としての主体(法人格等)を「リーガル・ラッパー(legal wrapper)」と呼称しています。

世界各地の事例

米国の一部の州では、DAOが法人として登録することが法的に認められています。バーモント州では、2018年に可決した州法により、ブロックチェーンを基盤とした組織(「DAO」の明示はなし)をBlockchain-based LLC (BBLLC)という有限責任会社(日本の会社法では合同会社に該当)として登録することを可能としました。ワイオミング州では、DAOに焦点を絞った州法が2021年に可決され、DAOを有限責任会社 ( LLC )として設立することを可能にし、DAOの法的認識や資産保有の能力を認めています。これに続いて、2022年にはテネシー州で同様にDAOをLLCとして設立することを可能にする法律が施行され、ワイオミングに次いで2番目にDAOの法的位置付けを定めた州となりました。また、ユタ州でも、2023年にユタ州のDAO法が可決され、DAO に法的承認と限定的責任を与えた他、DAO の所有権を定義し、条例によって匿名性の保護や品質保証プロトコルなどを導入しています。米国の他の州でもDAOの法的規制を進めようとする動きが出ています。

また、米国で活用されているその他のリーガル・ラッパーとして、法人化されていない非営利団体(unincorporated nonprofit associations: UNA)も挙げられます。UNA は通常、設立のために州への届け出を行う必要はないため簡易な制度であると考えられていますが、州によって準拠法が異なるため、法的保護などについて確実性が低いと言われています。

米国外でもDAOを法的に認知する動きは広がっています。オセアニアの国であるマーシャル諸島では、2022年に国として世界で初めてDAOを法人として承認する法改正を可決しました。2023年には、同法律の改正を行い、DAOの登録期間の短縮や責任の免除を盛り込むなど、先進的な法律をさらに強化し、グローバルなDAOの法人化のハブになることを目指しています。

カリブ海地域にあるケイマン諸島も、2017年に財団会社法(Foundation Companies)を導入し、DAOにリーガル・ラッパーを提供している地域として知られています。ケイマン諸島の財団会社は、株主がいない状態で法人格を有し、信託や財団のように機能しながら、別個の法人格と会社の限定責任を保持する新しい法人形態となっています。この構造は、DAOが第三者との契約締結や資産保有など、法的な行動を行うことを可能にしているもので、オーナーレス財団(ownerless foundations)という観点からはADGMのDLTフレームワークにも少し近いと言えるでしょう。

世界各地で採用されているリーガル・ラッパーの事例(注:これが全てではなく、さらに国や地域によって異なるリーガル・ラッパーが存在します)

国・地域

関連法律

リーガル・ラッパー

米国

バーモント州

LCC法 (2018)

Blockchain-based LLC (BBLLC)

米国

ワイオミング州

Wyoming

Decentralized Autonomous Organization Supplement (2021)

Wyoming DAO LLCs

米国

テネシー州

Tennessee Code Annotated, Title 48 (2022)

Tennessee DAO LLC

米国

ユタ州

Decentralized Autonomous Organizations Amendments (2023)

Limited liability DAO (LLD)

マーシャル諸島

Decentralized Autonomous Organization Act (2022)

Limited Liability Company (LLC)

ケイマン諸島

Foundation Companies Law, 2017 

Foundation Company

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日本国内の動き

DAOを対象とした法規制制定の動きは、日本でも始まっています。自由民主党デジタル社会推進本部は、2022年1月にweb3プロジェクトチーム(web3PT)(旧:NFT 政策検討プロジェクトチーム)を設置し、2023年4月に発表された「web3ホワイトペーパー 〜誰もがデジタル資産を利活用する時代へ〜」の中で、合同会社をベースにLLC型のDAO特別法を制定し、会社法上の規律や金融商品取引法上の規律を一部変更して適用することが提言されています。

「LLC 型 DAO に関する特別法の制定」に関する提言(自民党web3PT「web3ホワイトペーパー」(2023.4)より抜粋)

  • DAO への法人格付与を検討する場合、既存の様々な法人形態の中では、所有と経営の一致を前提とし、かつ、定款自治が比較的広く認められている合同会社が DAO の実態と比較的親和性が高い。
  • よって、まずは LLC 型の DAO に関する特別法を制定し、会社法上の合同会社の規律及び金融商品取引法上の社員権トークンに関する規律を一部変更して適用することが有力な選択肢と考えられる。早急な法制化を目指す観点からは、議員立法による法制化も検討されるべきである。
  • 具体的には、例えば、合同会社の規律では、合同会社の社員の氏名・名称及び住所が定款記載事項となっている等、機動的な DAO の設立・運営に適さないため、DAO の特性を踏まえた規律に変更すべきである。
  • なお、LLC 型 DAO の立法化は DAO 設立における選択肢を増やす趣旨であり、その他の法形式の DAO の設立・活動を否定するものではない。また、LLC 型DAO を選択する場合でも、DAO が、合同会社の社員権を表章する社員権トークン以外のトークンを発行することを妨げるものではない。

また、上記提言を受けて、2023年11月から12月にかけて「DAOルールメイクハッカソン」が開催され、DAOの活用事例や事業者か直面している課題について情報共有を行い、DAO組成に取り組む事業者間の連携やノウハウの共有を行う機会が設けられました。事業者目線の課題やニーズを汲み取った形で、日本で新たにDAOに関する法的規制が今後どのように形成されていくのかが注目されます。

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おわりに

DAOやブロックチェーンベースの組織はまだ新しく、世界各地で、新たな規制枠組みを導入する動きがみられています。DAOに関する規制としてはLLCとして登録する事例が多く、DAOやブロックチェーン技術の特色を踏まえつつ、既存の法的・規制的枠組みに統合する試みが行われています。これにより、これらのエンティティが法的な構造内で機能し、運営者や投資者に確実性を提供することが目指されています。

本記事でご紹介したADGMのDLTフレームワークは、DLT財団の設立から運営、解散に至るまでの全過程にわたって規制基準を提供するもので、その包括性と柔軟性で今後の更なる技術革新も視野に入れた枠組みとなっています。DLT財団の活動が法的に保護され、規制上の要件に適合することを保証しつつも、運営と発展のために柔軟性も持たせている点が大きな特色と言えます。ADGMのDLTフレームワークが発表された後の2023年11月29日には、ドイツに拠点を置くIOTA(アイオータ)財団が、新たにIOTA エコシステム DLT財団(the IOTA Ecosystem DLT Foundation)をADGM内に設立したことを発表しています。IOTA財団は仮想通貨であるIOTAの研究開発を行う非営利組織で、新たに設立された財団はADGMのDLTフレームワークに準拠した初めてのDLT財団となっています。今後どのようなプロジェクトがDLT財団として登録されていくかにも要注目です。

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株式会社ガイアックスweb3事業本部リサーチャー
過去10年以上国際開発協力に従事し、国内外の社会課題の解決に関心を持っている。web3時代の新たな国際協力や関係人口創出の形としてDAOにポテンシャルを感じ、ガイアックスに参画。ドバイ在住。

DAOドバイ

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