本記事ではモビリティに関する信頼できるデータを提供し、広範囲にわたる分散型モビリティエコシステムの構築を目指すMass Vehicle Ledgerを紹介します。
分散型のモビリティサービス
UberやGrabをはじめとする配車サービスが普及し、カーシェアリングや相乗りサービスも存在するとはいえ、中央集権的なサービス提供者が存在することによる不透明さや高い手数料の問題、渋滞や危険運転の問題は完全には解決されていません。
自動車に関するサービスを分散型で構築しようというプロジェクトとしては、本ブログでライドシェアのLa’Zooz、配車サービスのArcade City、Arcade Cityから派生したSwarm Cityを紹介しました。渋滞緩和にも寄与する可能性のあるエコ運転を評価するプロジェクトとしてドイツの自動車会社ダイムラーのmobiCOINも紹介しました。
- ブロックチェーンとシェアリングエコノミー – La’Zooz
- ブロックチェーンとシェアリングエコノミー – Arcade City
- ブロックチェーンとシェアリングエコノミー – Swarm City
- ベンツのダイムラーがエコ運転に付与するmobiCOIN
ドライバーと乗客というユーザーのメリットだけではなく、ユーザーのよい行動に報いることで社会にとってもプラスになる可能性があり、分散型システムとモビリティの組み合わせは注目を集めてきました。ただし、これまでに計画されたプロジェクトのその後を見てみると、Arcade Cityについてはアップデートがあるものの、そのほかのプロジェクトでは続報がないなど、普及まで一筋縄にいかないのも実情のようです。
このような状況で、東南アジアでのUberの撤退とGrabへの事業譲渡による業界再編も引き金となってか、彗星の如く現れたのがMass Vehicle Ledgerです。
Mass Vehicle Ledgerとは
Mass Vehicle Ledger(マス・ビークル・レッジャー、大規模な乗り物の台帳、以下MVL)は、日本とは海を挟んで隣の韓国初の新しいプロジェクトです。MVLはブロックチェーンを利用して、自動車に関するサービスとそのユーザーのためのプラットフォームを構築しようとしています。
MVLは2018年7月にシンガポールで配車サービスTADAをリリースしました。TADA はUberのような配車サービスで、自社によるMVLを使った先行事例であり実証実験でもあります。
画像: TADAのアプリのスクリーンショット(MVL TOKEN ECONOMY & RELATED BUSINESS MODELより)
2018年春にUberがGrabに東南アジアでの事業を売却し撤退したあと、MVLは同年7月にTADAをリリースしました。リリース以降TADAはドライバー数、乗客数、利用数ともに大きく伸ばしています。
画像: 急成長するTADA(MVL TOKEN ECONOMY & RELATED BUSINESS MODELより)
MVLはベトナムへの進出も計画していて、東南アジアで展開するEthereumベースの金融・決済プラットフォームOmiseGoとの提携も報道されています。
MVL自体は具体的にどのようなものなのでしょうか。MVLについては「自動車に関するデータを提供するブロックチェーンを含むプラットフォームとプロトコル」ととらえるとよいでしょう。MVLの上には、MVL自身が提供するTADAのようなサービスほか、外部サービスも含めたくさんのサービスが構築され、モビリティエコシステムを形成するイメージです。MVLは各サービスから得たドライバーの運転情報や評価、乗客のサービス利用状況によって、ユーザー(配車サービスではドライバーと乗客)にポイントを付与し、保有ポイントに応じてユーザーをランクづけします。ポイントは各サービスで使用するMVLコインに交換できます。MVLはこれらのデータを各サービスから受け取り、各サービスがMVLのデータを参照するためのプロトコルを提供します。
画像: MVLを基盤としたエコシステムの全体像(図は筆者作成)
現在はTADAに始まり、ドライバーと乗客の二種類のユーザーが存在する配車サービスを想定し、走行をもとにドライバーとユーザーにマイレージポイント、ドライバーには社会に資する安全運転などの行動を評価するポイントを付与し、MVLにおけるランクを計算するモデルですが、将来的には車両の走行中に提供されるモビリティーサービスにとどまらず、非走行中の車両の修理、中古車取引、保険まで、自動車に関する広範なサービスを対象とするといいます。MVLを利用するにあたって、新しくサービスを作る必要はなく、既存のサービスではMVLのプロトコルを利用してMVLをサービスに統合し、エコシステムに参加することができます。
このような将来像も含めたMVLのモビリティエコシステムのコンセプト動画が公開されています。
MVL Mass Vehicle Ledger – YouTube
続いてMVLでどのようにブロックチェーンが利用されているのか見てみましょう。
MVLとブロックチェーン
MVLはどのブロックチェーンをどのように利用しているかを明言していません。2018年9月に公開された文書MVL TOKEN ECONOMY & RELATED BUSINESS MODELには Ethereumネットワークを採用しているという小さな記述があり、現状はEthereumネットワーク上にテストネットを構築しているようです。ERC20であるOmiseGoを発行する同社との提携に関する報道からも想像に難くありません。
大量のデータの中からブロックチェーンにどのデータを記録するかについてはまだ試行錯誤の段階で、TADAを参考事例として、今後データの記録先を決めていくようです。
ブロックチェーンと関連の深い要素として、MVLコインがあります。MVLコインがどのようなコインなのかについては、部分的に明らかになっています。現在MVLを利用している配車サービスのTADAを例にとると、将来的に乗客はMVLコインでサービス利用料を支払うことが想定され、現在主流の法定通貨との併用から移行していくようです。ドライバーはMVLコインを対価として受け取ります。また、TADAのようなMVLを利用するサービス提供者は、一定数のMVLコインを保有する必要があり、毎年利用料をMVLコインで支払わなければなりません。
MVLコインの総発行量は300億MVLで追加発行はありません。ICOはすでに終了していますが、コインは取引所で購入できるほか、MVL上のサービスで得たポイントをMVLコインに換金して入手できます。
ただし、ポイントがMVLコインに交換されすぐに取引所で売られてしまうという事態を防ぐため、ポイントの換金に制限をつけてポイントを多く保有するユーザーを優遇する、コインのプールを設けるなどの工夫が現在検討されています。
ポイントの計算ロジック、健全なエコシステム構築のためにMVLが検討している施策など詳細はMVLのトークンエコノミーとビジネスモデルについて書かれた文書「MVL TOKEN ECONOMY & RELATED BUSINESS MODEL」が参考になります。
MVL TOKEN ECONOMY & RELATED BUSINESS MODEL
MVLのビジネスモデル
MVLは前出のプラットフォーム利用料のほか、コインの決済手数料、MVLのポイントやコインを扱うウォレットのようなアプリ「MVLアプリ」への広告掲載料などからの収入を収益源として挙げていますが、ビジネスモデルについてもまだ試行錯誤の部分が多く、公開されている文書ではソフトウェアの開発・販売、他業種と連携した際の手数料収入など様々な可能性を示唆しています。
今後プラットフォームとしてのMVLを利用するサービスを増やし、様々な方向性を探りながらB2Bで収益を拡大していくようです。
MVLのこれから
MVLの今後の計画については、2018年10月に公開されたMVL Token Economy & Related Business Model Overviewという文書の中でロードマップが示されています。
画像: MVLのロードマップ(MVL Token Economy & Related Business Model Overviewより)
2018年はMVLの基本的な機能を整えつつ、自社主導でTADAを始めMVLを使った事例を作っていく計画で、シンガポールではタクシー予約サービス提供者としてのライセンスを陸上交通局から取得し、TADA TAXIの準備を進めています。また、年末にはベトナムで配車サービスを開始する予定です。2019年には大きなマイルストーンとしてメインネットの開始があり、2020年にかけて配車サービス以外への対応も進めていくようです。
おわりに
本ブログではアジアの事例を取り上げてきませんでしたが、今回韓国のスタートアップが東南アジアを中心に展開しようとしているMVLについて紹介しました。
2017年の仮想通貨バブルでは、韓国はアメリカや日本と並んでトレード量が多いことで有名な国のひとつでした。そこからトレード以外にMVLのようなプロジェクトが生まれ、アジアワイドでエコシステムを構築しようとしているのは興味深い動きです。多くのプロジェクトが壮大な計画を立てて目標を達成できない中、MVLは実際にサービス提供にこぎつけているのは評価すべきでしょう。
東南アジアはUberが撤退し、Grabが覇権を握った点でも、ユニークなモビリティサービスのマーケットとなるかもしれません。MVLはシンガポールからベトナムに広がり、東南アジア、アジア全域、そして世界を席巻することになるのでしょうか。
一部報道ではシェアリングエコノミーの文脈でMVLが紹介されていますが、現在のところシェアの要素は小さいようです。ただ、分散型モビリティシステムが広まればシェアリングへの展開は容易に想像でき、今後が楽しみです。