本ブログでは、過去3回にわたって、ビットコインにサイドチェーンを追加する「Drive Chain」、ビットコインの最小単位であるsatを使ったNFTスキーム「Ordinals」、ビットコインブロックチェーンとオフチェーンのハイブリッドでチューリング完全なプログラムを実行可能にする「BitVM」を紹介しました。アルトコインと比べると保守的なビットコインコミュニティーですが、過去にもビットコインの機能を拡張しようとする取り組みが見られました。本記事ではこれまでにどのような取り組みがあったのか、現在注目を集める取り組みはどのようなものか解説します。
目次
ビットコイン機能拡張プロジェクトのあゆみ
今から15年前の2008年10月30日、ビットコインのホワイトペーパー「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」がナカモトサトシによって公開され、2009年1月3日にネットワークがローンチ、ジェネシスブロックが生成されました。
ビットコインのホワイトペーパーのタイトルにもあるように、ビットコインはP2Pの通貨システムであり、第三者の介在なく直接トランザクションを行えるシステムとして作られました。このアイデアの背後には、2008年のリーマンショック後の金融危機を受けて、金融取引を自由化し、権威や中央集権的なインフラから独立させるという理念がありました。
特に黎明期には「P2Pの電子キャッシュシステム」としてのビットコインの機能と哲学に大きな価値が置かれ、ビットコインコミュニティーは機能拡張に慎重で、機能やスピードを重視するアルトコインのコミュニティーと比べて保守的です。
保守的なビットコインコミュニティーですが、ビットコインネットワークとその技術的基盤が成熟するにつれて、ビットコインの機能拡張の可能性が模索され始めました。
黎明期のプロジェクトとして、Colored Coinsがあります。ビットコインのトランザクション出力に追加情報を「色付け」することで、そのビットコインを特定の資産や権利として表すものです。Wikipediaによると、Colored Coinsは、2012年3月、暗号通貨取引もできるイスラエル発の投資プラットフォーム、eToroの創業者Yoni Assiaによって提案され、以降2013年ごろにかけてColored Coinsに関する議論が続きました。
※ Colored Coinsについて詳しくは、本ブログの記事「カラードコイン – あらゆる資産を表現できるビットコイン2.0プロジェクト」を参照してください。
ビットコインにはBitcoin Scriptと呼ばれるスクリプト言語があり、コインを受け取る条件や、それを使う条件を記述するのに用います。ビットコインを単純に送金するような場合でも裏側ではこのスクリプトが実行されています。ビットコインスクリプトはTuring不完全で、ループなどを記述できず、あらゆる処理を記述できるわけではありません。これには利点もあり、スクリプトの実行時間が予測可能であり、無限ループのリスクを避けられます。
Colored Coinsについて議論が行われた2013年、チューリング完全なプログラムを実行できるプラットフォームとして、スマートコントラクトを実行する機能を持ったイーサリアムがVitalik Buterinによってイーサリアムが考案されました。ちなみにVitalik Buterinは、ビットコインとその技術に対する興味から「Bitcoin Magazine」を共同設立したことでも知られています。
プログラムの実行という点では、イーサリアムや続くアルトコインでスマートコントラクトに水を開けられる形になりましたが、ビットコインでも機能を拡張しようとする動きはありました。当時注目を集めたのが、ビットコインブロックチェーンを利用して、独自トークンを発行するための仕組みCounter Partyです。類似するプロジェクトとして、Mastercoin(Omni Layer)があります。
ビットコインのサイドチェーンとしては、BlockstreamのLiquid Network、RSK LabsのRSK (Rootstock)などが既に稼働しています。また、2017年には、サイドチェーンをビットコインに追加するための仕組み「Drive Chain」も提案され、現在でも数年にわたる議論が続いています。
現在開発が進んでいるプロジェクト
ビットコインの機能拡張を目指すプロジェクトの中には、他プラットフォームの台頭により、勢いを失ってしまったものもありますが、一方で、大型アップデートSegWit(2017年)とTaproot(2021年)によって、開発が可能になったものもあります。ここでは現在開発が進められているプロジェクトについて見ていきましょう。
ローンチしているプロジェクト
Liquid Network
Liquid Networkは取引所や機関・個人投資家を対象に高速かつ機密性の高い取引を実現することを目的とした特定用途のサイドチェーンで、合意形成はフェデレーションのメンバーによって行われます。
Liquid Network: Purpose-Built for Asset Issuance
RSK
RSKはEthereum互換のスマートコントラクトをサポートする汎用のサイドチェーンです。RSKはビットコインとのマージマイニングが可能なため、ビットコインのマイナーによりトランザクションが処理されます。つまり、RSKは、ビットコインのセキュリティを活かしながらEthereum互換のスマートコントラクトを実行できるプラットフォームといえます。
RSKの筋は悪くありませんが、爆発的に普及しない背景には、Ethereumがすでにスマートコントラクトプラットフォームとして圧倒的な先行者優位を持っていること、Ethereum互換をうたうプラットフォームはすでに存在することに加え、ビットコインコミュニティーに「ビットコインは価値の保存を目的とする」という思想があり、キラープロジェクトが出てこず、エコシステムが拡大しにくいことが要因として考えられます。
Smart contracts secured by Bitcoin | Rootstock
Ordinals
スマートコントラクトを実行できるようにするという方向性ではありませんが、ビットコインネットワークを使ってNFTを発行可能にするスキームであるOrdinalsも一種の機能拡張と捉えることができるでしょう。良い意味でも悪い意味でも2023年に盛り上がったビットコイン関連のプロジェクトです。
Ordinalsについて詳しくは、本ブログの記事も参考にしてください。
RGB
RGBはスケーラブルかつ機密性高くスマートコントラクトを実行する仕組みです。2016年にBHB Networkとして構想が始まり、2019年以降、現在のRGBの開発が続いています。RGBでは、クライアントサイドで検証が行われ(client-side validation)、スマートコントラクトのコードやデータはオフチェーンに保存されます。
RGBはスマートコントラクトを実行する仕組みで、FAQでは「Ethereumと同程度にはチューリング完全」としていて、ほぼ任意のプログラムを記述できると考えられますが、一方で、RGBでできることについては、主にアセットの発行を挙げています。RGBを使うと、ビットコインブロックチェーンでアセットを発行して、ライトニングネットワークに持ち込めます。
How RGB Enables Altcoins On Bitcoin – Bitcoin Magazine
2023年にOrdinalsに注目が集まった際には、RGBを利用してNFTを発行する試みも見られました。
ビットコインにNFTを導入する新たな方法となるか? RGBプロトコルを活用するイニシアチブも | Cointelegraph
2022年の情報ですが、ビットコイン関連のスタートアップを支援するフルグル合同会社が、RGBを利用したオープンソース開発で、国内のビットコインとライトニングのコミュニティーDiamond Handsを支援することを発表しています。
ビットコインネットワーク上でスマートコントラクトを実現するRGBを利用したプロダクトのオープンソース開発を支援|フルグル合同会社のプレスリリース
Taproot Assets(旧Taro)
ライトニングネットワークの実装を進めるLightning Labsは、ビットコインブロックチェーン上でアセットを発行するためのプロトコルTaproot Assetsの開発を進めています。Taprootのアウトプットに任意の資産のメタデータを埋め込み、新しいアセットを発行します。RGBと同様に、Taproot Assetsで発行された資産もライトニングネットワークで利用できます。
- Taproot Assets – Builder’s Guide
- GitHub – lightninglabs/taproot-assets: A layer 1 daemon, for the Taproot Assets Protocol specification, written in Go (golang)
コンセプト段階のプロジェクト
現在注目を集めるプロジェクトの中には、まだコンセプト段階のプロジェクトもあります。
たとえば、2023年に話題になったDrive Chain、BitVMはどちらも構想段階です。BitVMは新しいプロジェクトですが、Drive Chainは2017年にBIPが出されて以来、数年をかけて議論が続いています。このスピードに驚く人もいるかもしれませんが、メジャーアップデートが数年ごとというビットコインでは議論に時間がかけられることもままあります。
Drive ChainとBitVMについて詳しくは、本ブログの以下の記事を参考にしてください。
各仕組みの比較
SegwitやTaproot以前のプロジェクトは、現在注目を集めるプロジェクトの着想となった可能性はありますが、技術開発が進む中で、利用されなくなっているものもあります。また、コンセプト段階のプロジェクトは、今後、利用が広がる可能性はありますが、現在すぐにサービスで利用できるものではありません。
ここでは、すでにローンチしているLiquid Network、RSK、Ordinals、RGB、Taproot Assetsについて比較してみましょう。
用途 | ネットワーク | バリデーター | 手数料 | |
Liquid Network | 取引所や投資家の高速取引 | ビットコインのレイヤー2ネットワーク | フェデレーションメンバー | ビットコインネットワークの数分の1の手数料、Liquid Bitcoin (L-BTC)払い |
RSK | Ethereum互換のスマートコントラクトの実行 | ビットコインのサイドチェーン | ビットコインのマイナーによるマージマイニング | トランザクション手数料は数セント |
Ordinals | NFTの発行 | ビットコインネットワーク | ビットコインのマイナー | ビットコインのトランザクション手数料 |
RGB | ・スマートコントラクトの実行 | ビットコインネットワーク(ただし主な処理はクライアントサイド) | ビットコインのマイナー(ただし主な処理はクライアントサイド) | 最終的にビットコインブロックチェーンに状態をコミットする際のトランザクション手数料 |
Taproot Assets | ・ビットコインネットワークでのアセット発行 ・ビットコイン/ライトニングネットワークでのアセット利用 | ビットコインネットワーク | ビットコインのマイナー | ビットコインのトランザクション手数料またはライトニングのルーティング手数料 |
Liquid Networkは他のプロトコルと比べて用途と想定ユーザーが限定されます。スマートコントラクトを実行するのであればRSKかRGB、アセットの発行であればRGBかTaproot Assets、ライトにNFTを発行したいというのであればOrdinalsといったところでしょうか。
ただ、サービスを作るという視点では、すでにさまざまなブロックチェーンやスマートコントラクトプラットフォームが存在する中で、そもそもなぜ「価値の保存」に重きを置いているビットコインネットワークを使いたいのか、そこで何をしたいのか慎重に考えなければなりません。さらに保守的な傾向のあるビットコインユーザーが、そのサービスを本当に利用するのかについても検討する必要があります。
おわりに
本記事ではビットコインの機能を拡張するプロジェクトについて説明しました。これまでどのようなプロジェクトが出てきたのか見ていくと、アルトコインと比べ、中央集権的な既存金融へのアンチテーゼ、価値の保存手段として生まれたビットコインの慎重な歩みがうかがえます。ビットコインについては、技術を学ぶとともに、思想やコミュニティーの性質についても知っておくとよいでしょう。
2024年にはビットコインの半減期が控えています。再びビットコインをはじめとする暗号通貨界隈が盛り上がりを見せるのか、その中でどのような技術が広がりを見せ、お金の未来が作られていくのか楽しみです。