IoT(Internet of Things、モノのインターネット)というと、インターネットにつながったスマートスピーカーを使っている、家電をスマートフォンからコントロールしているという人も少なくないでしょう。ここから一歩進んで、セキュリティーが高く、データの透明性が確保され、お金を扱いやすいブロックチェーンをIoTに利用する動きがあります。本記事ではシェアリングエコノミーやM2M(Machine to Machine、機器間の情報や価値のやりとり)の鍵になりうるブロックチェーンとIoTについて事例を交えて解説します。
IoTでブロックチェーンが注目される背景
本ブログではシェアリングエコノミー、モビリティー、電力などの観点からブロックチェーンを活用しているプロジェクトを紹介してきましたが、これらはブロックチェーンにものをつなぎこむIoTプロジェクトと捉えることもできます。本ブログでの事例紹介以外でも、弊社は総務省のIoTサービス創出支援事業の委託先としてデジタル身分証とスマートロックを利用した自治体スペースシェアに取り組んできました。
ブロックチェーンは改ざんが不可能性で、暗号化技術で柔軟に権限設定をしつつデータの透明性を担保できるため、ものに対して起こった出来事や権利を記録する場所として理想的です。さらに他者のものの利用に対してはお金のやりとりが発生することから、決済の相性のよさ、特に極少額のお金でも扱えることもIoTでブロックチェーンの採用が検討される理由のひとつです。現在ネットワークにつながったものの多くは所有者が自身で利用する、またはカーシェアやバイクシェアのように企業が提供するものを不特定多数で共有し利用するものですが、今後、個人間のシェアも含めたシェアリングエコノミーや人を介さずデバイス同士がデータをやりとりしたいかを支払うようなM2Mが現実的になると、IoTにおいてブロックチェーンより強みを発揮することになるでしょう。
時代のニーズから注目を集めているIoTとブロックチェーンの組み合わせは実は古くて新しいものです。2017年にIoTのための次世代ブロックチェーン技術(正確にはブロックチェーンではなく分散型の台帳技術)IOTAが発表され注目を集めましたが、IoTとブロックチェーンの組み合わせはその数年前から試行錯誤が繰り返されてきました。IoTソリューションを主にビジネス向けに提供するFilamentは2012年の創業、スマートロックを使ったプロジェクトを手がけるSlock.itは2015年創業です。仮想通貨バブル後の2018年、2019年のブロックチェーンを利用したIoTのひとつの傾向として、より一般に普及しているArduinoやRaspberry Piといったハードウェアや専用のシンプルな基盤でブロックチェーンにデバイスをつなげるようにする動きがあり、ハードウェアに詳しくない人でもプロトタイピングが可能となり、今後ブロックチェーンを利用したIoTの裾野が一層広がることが期待されます。
IoTでブロックチェーンが利用される背景を押さえたところで、続いて事例を交えながら国内外のブロックチェーンを利用したIoTの動向を見てみましょう。
海外の動向
本ブログでも紹介したアメリカのネバダ州に本拠地を置くFilamentは2012年創業の企業で、IoTでブロックチェーンを活用した先駆的な企業です。FilamentはB2B志向で、現在はコネクテッドビークルを対象としたモビリティープラットフォームBlocklet Mobility Platformの開発に力を入れています。
- Enterprise Blockchain Solutions, IIoT | Filament
- ブロックチェーンベースのIoTソリューションを提供するFilament – Blockchain Biz
シェアリングエコノミーの観点でブロックチェーンをIoTに活かそうとしている企業としては、ドイツのザクセン州に本拠地を置くSlock.itがあります。Slock.itというと仮想通貨の文脈では2016年のthe DAOの事件、それに続くイーサリアムクラシックのハードフォークを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、Slock.itはブロックチェーンを利用したシェアリングエコノミーのためのハードウェアやソフトウェアの開発でも知られています。スマートロックを利用したソリューションの開発から始まり、ドイツの電力会社Innogyのイノベーションハブとは分散型の電気自動車充電プロトコルの開発を手がけ、現在はブロックチェーンを利用してあらゆるものをシェアするためのクライアントやSDK、ネットワークを開発・提供しています。
IoTのための独自の分散台帳技術を開発する組織もあります。ドイツの首都ベルリンに本拠地を置くIOTA Foundationは、有向非巡回グラフと呼ばれるデータ構造を応用した分散台帳技術Tangleをコアにスケーラブルで取引手数料が無料のネットワークを実現しました。
IOTAは仮想通貨が取り沙汰される中、ドイツの自動車部品・電動工具メーカーBoschのベンチャーキャピタルによる投資や、Boschを含む名だたる大企業が参加するデータマーケットプレイスの実験が注目を集めました。データマーケットプレイスはM2Mを視野に入れた先進的な取り組みで、自動車がセンサーデータをもとにBoschから不具合のあるパーツの情報を取得するといったM2Mを予感させるユースケースを予想する声もありました。IOTAはデータマーケットプレイスから得られた知見をもとに、学術機関や企業と連携して自律分散型のIndustry Marketplaceを開発し2019年9月に発表しました。Industry Marketplaceはオープンソースのソフトウェアでパブリック、プライベート両方の環境で動作します。Industry Marketplaceは産業用途に限ったものではなく、Industry Marketplaceを紹介した動画の中では、出発地から目的地に到達するためのモビリティーサービスを探し、自動運転車がコントラクトに対して入札をし、人を送り届けるとIndustry Marketplaceを通じて車に運賃が支払われるユースケースが示されています。
このほか、IOTAのコミュニティーのウェブサイトではArduinoやRaspberry Piを利用してデバイスをIOTAのネットワークにつなげる有志によるチュートリアルが公開されています。オープンソースプロジェクトならではの好循環で、ブロックチェーンとIoTがビジネスにとどまらず一般の開発者にまで広がるきっかけとして期待が持てます。
IOTA Ecosystem Tutorial – Pay the light
ブロックチェーンを利用したIoTの開発と利用をより広げる可能性を秘めたプロジェクトとしては、ETHDenver 2018の勝者Elkも押さえておくとよいでしょう。Elkはデバイスをブロックチェーンにつなげるための小型の基盤で、EthereumとBitcoinブロックチェーンをサポートします。クラウドファンディングプラットフォームKickstarterで資金を募っていましたが、2019年9月にキャンペーンは終了前にキャンセルされてしまいました。注目を集めていたプロジェクトだけに残念なニュースです。
日本国内の動向
Sonyや関連会社の重要な役職出身者が役員を務めるJasmyは2016年に創業した企業で、日本でブロックチェーンを利用したIoTに取り組む企業の先駆けといえるでしょう。Jasmy独自のプライベートチェーンJasmy.NETはIoTに特化したブロックチェーンで、同社が提供するシングルボードコンピューターやウェアラブルデバイスのための基盤を通じて機器を接続することができます。Jasmyは2019年にコンソーシアムJasmy Initiativeを発足し、プラットフォームの普及に務めています。
2018年創業のBlockchianもブロックチェーンを利用したIoTに取り組む日本企業のひとつです。BCLチェーンと呼ばれる独自のパブリックチェーンは安全で高速かつ低コストであることを売りにしています。また、ブロックチェーンと合わせて、スマートロックやIoTデバイスによる署名を実現するブロックチェーンコンピューターといった関連ハードウェアも開発しています。日本版Slock.itといってもよいかもしれません。
また、世界で4番目にライトニングのメインネットを実装したNayutaは、福岡に拠点を置く2015年創業のスタートアップで、ライトニングネットワークのプロトコルやアプリケーションを開発・提供するほか、ArduinoとRaspberry Pi Zero Wを接続するとライトニングネットワークを利用したプロトタイピングができる開発者向けのキットも販売しています。NayutaのPtarmiganと呼ばれるノードは小型のRaspberry Pi Zero W上で独立して動作します。Nayutaの取り組みについて詳しくはYouYubeの動画が参考になります。
おわりに
仮想通貨バブル後の仮想通貨やブロックチェーン界隈が一見静かだった時期にも、IoTではブロックチェーンへの期待が消えることはなく、IoTのためのブロックチェーン、データマーケットプレイス、機器の接続やプロトタイピングを容易にするための仕組みの開発が着実に進められてきました。仮想通貨への過度な期待がなくなったあとも着実に進んでいるものと捉えると、ブロックチェーンを本質的に活用できるものと捉えることもできるのではないでしょうか。そして、今後はブロックチェーンを利用したIoTでマーケットを制するプラットフォームや、プロトタイピングや実利用で主流となるハードウェアが徐々に定まってくるでしょう。
ブロックチェーンを利用したIoTに必要な要素がより多くの人の手に届く形で出揃いつつある中、IoT機器同士がブロックチェーンを介してデータや価値を共有するM2Mの世界が徐々に実現されていくはずです。たとえば、気温センサーが気圧センサー・湿度センサー・実際の天気データを買って機械学習を行い天気予測データを作って売る、使っていない自家用車がお金を稼いで帰ってくるといったことももはや不可能ではありません。
技術的な進化と合わせて、ブロックチェーンを利用したIoTでは機械が勝手に付加価値を作って利益をあげ始め、これまでにない経済が形成されることも考えられます。言い換えると機械が勝手にお金をかせいでいるという状態になりえるということです。このとおり、IoTはブロックチェーンの応用領域の中でも特に未来が楽しみな領域のひとつとなるでしょう。