目次
はじめに
2020年末から始まった暗号通貨ブームでは、早くて安いことを売りにするブロックチェーンがしのぎを削りました。Polygonもその一つで、2021年の春ごろから存在感を表し始めました。Polygonの仕組みやエコシステムについては、当時本ブログでも取り上げて解説しました。
Polygon(旧Matic)-Ethereum互換の高速で手軽なブロックチェーン
2022年にはNikeをはじめとする大企業のサービスでPolygonが採用されるなど、Polygonは着実に利用事例を増やしています。Polygonの従業員数は数百人にのぼり、すでにスタートアップの域を脱していると言ってよいでしょう。
Polygonのほかにも、さまざまな安くて速いブロックチェーンが存在する中、なぜPolygonが利用事例を増やしているのでしょうか。
本記事では、Polygonの創業者はどのような人たちなのか、資金調達や企業提携といったビジネス面でのこれまでの歩み、他のEVM互換チェーンとの比較、サービス提供者から見た使いやすさについて見ていきます。
Polygonの創業者
Polygonは、2017年にJaynti Kanani氏、Sandeep Nailwal氏、Mihailo Bjelic氏、Anurag Arjun氏が前身のMaticとして始めたプロジェクトです。
ビジネスSNSのLinkedInに創業者4人のプロフィールがあります。Polygonはインド発のプロジェクトですが、Kanani氏とNailwal氏の現在地が暗号通貨の文脈で言及されることの多いドバイになっている点が興味深いです。
CoinMarketCapの暗号通貨ごとのページには創業者について書かれた「Who Are the Founders of …」という項目があります。PolygonのページにはBjelic氏を除く3人の創業者についての記述があり、Kanani氏とNailwal氏はエンジニアのバックグラウンドを、Arjun氏はビジネスのバックグラウンドを持っています。別途調べてみると、Bjelic氏もエンジニアの出身です。また、同ページには、2017年のプロジェクト開始から2019年にかけては、Kanani氏を中心に当時のMaticチームはEthereum上でWeb3、Plasma、WalletConnectプロトコルを実現するにあたって重要な役割を果たしたとあります。
創業者4人はそれぞれにエンジェルインベスターとしてスタートアップへの投資も行っています。Kanani氏は金額の大きな投資にも参加していて、CrunchBaseのPolygonのプロフィールによると2022年10月に合計4000万ドル(52億円弱)を調達したNxyzのシリーズAラウンドに参加しています。
Ethereum界隈での貢献やそこで培ったコネクションがPolygon躍進の一助となった可能性があります。
ビジネスとしてのこれまでのあゆみ
資金調達
Polygonがこれまでに誰からどのような投資を受けてきたかについてはCrunchbaseにリストがあります。
Polygon – Funding, Financials, Valuation & Investors
Polygonは2017年のプロジェクト開始以来4億5150万ドルの資金を調達しました。
初期に受けた投資として、2019年のCoinbase Venturesを含む投資家からの45万ドルの投資があります。2019年といえば、暗号通貨冬の時代ですが、それでも大きな金額の投資とは言えません。その後、2020年6月にメインネットをローンチ、2021年にMaticからPolygonにリブランディング。翌2022年2月にSequoia Capital Indiaをリードインベスターとするベンチャーラウンドの投資で4億5000万ドルという巨額の資金を調達しました。Polygonが調達した資金のほとんどは、このSequoia Capital Indiaをリードインベスターとする投資から来ています。
その後、暗号通貨市場が冬の時代入りしたと言われ始める2022年7月にはPolygonのDisney Acceleratorへの参加が発表されました。2022年11月に開催されたデモデーに関するDisneyのブログ記事によると、DisneyとPolygonは共同で「ディズニーの従業員を特別な機会に表彰するための限定デジタルコレクティブルの概念実証の開発に取り組んでいる」とあります。いまいちぱっとしない内容ではありますが、世界的に人気のあるキャラクターを有するDisneyという大手とのコネクションを作るという点では重要なステップとなったのではないでしょうか。
企業買収
Crunchbaseによると、Polygonはzkロールアップによるスケーリング技術を開発するHermes Networkを2021年8月に、Mir Protocolを2021年12月に買収しました。(CrunchbaseのページにはAll Consulting Serviceの買収の記載がありますが、これは同名他社による買収案件が誤って記載されていると考えられます。)
Polygon – Investments, Portfolio & Company Exits
買収金額はHermes Networkが2億5000万ドル、Mir Protocolが4億ドルと巨額です。買収はいずれもPolygonのトークンMaticを使って行われました。Maticの発行上限は100億Maticで、Messariによると初期分配で41.9%がチームとプロジェクトに、22.8%が投資家に、残りの35.3%が報酬やエアドロップで分配されました。
画像: Maticの初期分配(Messariより)
Mir Protocolの買収では4億ドル相当の2億5000万MATICが使われ、額面を見ると大きな数字に見えますが、創業者とプロジェクトには41.9億Maticが分配されています。zkロールアップによるスケーリング技術を開発する2社を独自トークンのMaticで買収し、サイドチェーンの開発からレイヤー2ネットワークの開発に手を広げられたことは、Polygonにとって今日につながるよい選択だったと言えそうです。
企業とのパートナーシップ・取り込み
PolygonはNFT、DeFiを起点に大企業や有名サービスをまきこんだ事例を作り、続くさまざまな企業やサービスでの利用をうながし、エコシステムを広げています。ここではNFT、DeFi、その他の事例を見てみましょう。
NFT
PolygonはNFT分野での対応の早さが際立っていました。2021年に入りEthereum上で発行されるNFTが注目を集め始めると、PolygonのNFTも間もなく老舗マーケットプレイスOpenSeaで取り扱いや、フォームを使った手軽な発行が可能になりました。
NFTを発行できるプラットフォームとして、2021年の春にはPolygonのほかに、EthereumやBSC(Binance Smart Chain)といった選択肢はあったものの、Ethereum NFTは発行に高額な手数料がかかることからプレミアムNFTとしての認識が確立されつつあり、BSCは大手取引所Binance色が敬遠されたためか、PolygonがNFTを発行するための選択肢として認識され始めることになります。
2021年夏はSolanaサマーとも呼ばれ、Solana上で発行されるNFTにも注目が集まり、Degenerate Ape のNFTの高額落札も話題になりました。残念ながら度重なるネットワークのトラブルと、2022年11月のFTXショックで、今後Solana NFTが大きく盛り上がるとは考えにくい状況です。
このような中、CoinDeskの2022年12月の記事では、Polygon NFTの取引額は低調なものの、採用が進む兆しがあることを伝えています。
実際に、2022年にはPrada、Adidas、Starbucks、Nikeといった誰もが知っているトップブランドのNFTを含むプロジェクトでPolygonが採用されることが報道されました。
- Prada, Adidas Launch NFT Project on Polygon | CoinDesk
- ‘Starbucks® Odyssey’ Beta Is Now Live on Polygon — Polygon | Blog
- Nike Launches .Swoosh Web3 Platform, With Polygon NFTs Due in 2023 – Decrypt
テック企業との提携という点では、2022年3月にAdobeのクリエイターのためのSNS BehanceでPolygonのNFTがサポートされるようになりました。
Creators on Adobe’s Behance Can Now Showcase NFTs Minted on Polygon — Polygon | Blog
2022年7月にはRedditのアバターCollective AvaterをPolygon上で発行できるようになり、Redditはブログ記事の中で、Polygonを選んだ理由としてトランザクションコストが安く、持続可能性にコミットしていることを挙げました。Decryptの2022年12月の記事によると、これまでに500万を超えるアバターがミントされたとのこと。
また、2022年11月に発表されたMeta(旧Facebook)との提携では、将来的にInstagramでのNFTの発行・販売がPolygonで行われることが明らかにされました。
Meta to Let Users Mint and Sell Polygon-Powered NFTs on Instagram — Polygon | Blog
2022年12月には元アメリカ大統領Donald Trump氏のトレーディングカードがPolygonのNFTとして発行され、1枚$99で販売されました。
画像: CollectTrumpCards | Donald Trump Digital Trading Card NFTsより
DeFi
NFT以外では、EVM互換ブロックチェーンの利点を生かしてDeFi分野では着実に有名サービスをPolygon上に誘致しています。DeFiLlamaによると、DeFiのTVLでは、Ethereum、Tron、BSCに続いてPolygonは4位です。DeFiのプロトコル数は357で、EthereumとBSCに続いて3番目に多くなっています。
画像: Polygon上のDeFi TVLランキング。他チェーンでも展開する有名DeFiプロトコルが見られる(DeFiLlamaより)
画像: ブロックチェーン別のDeFi TVLランキング(DeFiLlamaより)
その他
Polygonは、決済サービスのStripeと提携し、Twitter上での報酬支払い方法としてUSDCが指定された際にPolygonを利用することを発表しました。
Expanding global payouts with crypto
また、株式取引アプリのRobinhoodは同社のWeb3ウォレットで最初に対応するネットワークとしてPolygonを選びました。
Robinhood Selects Polygon to Launch Web3 Wallet Beta — Polygon | Blog
サービス提供企業の視点での使いやすさ
さまざまなサービスでPolygonが利用されることとなった理由の一つとして、ブロックチェーン上でサービスを提供する企業にとっての使いやすさがあると考えられます。ここではPolygonにはどのような使いやすさがあるのか見てみましょう。
安さと速さ
2017年末、2020年末に始まった暗号通貨ブームではEthereumのパフォーマンスの問題が露呈しました。その解決策としてEthereumをスケールするレイヤー2技術やサイドチェーンが開発され、Ethereumキラーと呼ばれるブロックチェーンが台頭しました。Polygonも2021年に注目を集めた安くて速いブロックチェーンの一つです。
現在のサイドチェーンとしてのPolygon PoSでは最大秒間7,000トランザクションを処理できます。Avalancheではサブネットを利用することで無限のトランザクションを処理できるとしていて、これと比べると少ない値ですが、Ethereumの秒間15トランザクションと比べると格段に多い値です。
通常のトランザクション手数料は0.002ドルほどで、Polygonの利用事例として近年多く見られるNFTについてはガス代(手数料)をかけずにミントできます。
How to Mint NFTs With Utility Gas-Free on Polygon — Polygon | Blog
EVM互換チェーン
PolygonはEVM互換チェーンのため、すでにEthereumやEVM互換チェーンでサービスを提供しているのであれば移植のハードルは高くありません。
EVM互換チェーンとして、PolygonのほかにAvalanche、Fantom、Gnosis Chain(旧 xDAI)、Harmonyなどがあります。Polygonのリリースは2020年と比較的早く、Polygonは早期に事例を作り、エコシステムを拡大できたと考えられます。
ただし、Gnosis ChainはEthereumのサイドチェーンの先駆けで、Polygonよりもバリデーター数が多く、高速で安価という点でも劣りません。PolygonがGnosis Chainを追い越して急成長を遂げた理由としては、積極的に大企業を巻き込んで事例を作ったこと、企業が求める環境への配慮を前面に押し出したことなどが考えられます。
環境への配慮
Polygonは環境に配慮する方針をウェブサイトで示し、2022年4月にはグリーンマニフェストを発表しカーボンネガティブになる目標を示しました。2022年9月のEthereumのthe Mergeを経てPolygonのCO2排出量は大幅に削減されたといいます。
- Polygon Green Manifesto
- The Merge to Erase 60,000 Tonnes of Polygon’s Carbon Footprint — Polygon | Blog
企業は社会的責任や、近年話題となることの多いSDGsの観点から、商品やサービスを提供する顧客によい印象をもってもらうためにも、環境に配慮できるのであればそうしたいはずです。
実際に、前出のAdobeのBehanceがPolygonに対応したことを発表したPolygonのブログ記事では、Polygonを利用することで二酸化炭素の排出量を大幅に削減できることが強調されていて、RedditはPolygonを採用した理由の一つに持続可能性へのコミットを挙げています。Polygonは技術的な優位性だけでなく、環境への配慮をPolygonの特徴の一つとして打ち出しているのです。
Polygonのこのような取り組みは、たとえ建て前であったとしても、今後も企業のPolygon採用を後押しすることでしょう。
おわりに
本記事では、なぜPolygonが利用事例を次々と発表し、エコシステムを拡大し、快進撃を続けているのか、創業者、企業としてのビジネスのあゆみから始め、Polygonのどのような点が利用企業やサービスに訴求しているのか説明しました。
Polygonは現在のPolygon PoSに加え、Hermes NetworkやMir Protocolを買収してレイヤー2ネットワークの開発も進めています。Polygon zkEVMは現在テストネットが公開され、2023年早々にはメインネットが公開される計画です。
Polygonにはすでに多くの利用事例があり、今後zkロールアップによるレイヤー2ネットワークという選択肢が増え、ネットワーク効果でより多くの企業やサービスを巻き込んでいく可能性があります。