DAOとAragon
ブロックチェーンや分散型社会のあり方に興味のある人はDecentralized Autonomous Organizationの頭文字をとったDAO(ダオ)、日本語にすると自律分散型組織について聞いたことがあるかもしれません。中央集権的な管理者なく、参加者による投票に基づいて、プログラムによって自律的に運営される組織のことです。
※ DAOについて詳しくは本ブログの記事「自律分散型組織DAOとは」を参考にしてください。
このように書くと、はるか未来のSFの世界のことのようですが、すでにDAOは存在します。たとえば、BitcoinもDAOで、ネットワークが自律分散的に動いているだけでなく、その開発・運用のプロセスも自律分散的に機能しています。Bitcoinの開発はコミュニティーで進められ、機能を変更したり追加したりするにはマイナーによって支持されアクティベートされなければなりません。
BitcoinがDAOの可能性を示し、Ethereumを利用して自律分散型のアプリケーションが作られるようになり、組織運営も自律分散型で行おうという気運があります。DAOでは、主にプログラムと参加者の投票に基づいて組織が運営され、一部の利害関係者による恣意的な組織運営を避け、究極の透明性と公平性を実現することを目指します。
自律分散型組織の仕組みを一から作るのは容易ではありません。自律分散型の組織運営には「資金管理」「投票」「組織における権利を表すトークンの配分」といったある程度の定型があり、AragonはこれをSaaSのようにEthereum上のアプリケーションとして提供し、DAOの作成・運用を支援します。
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Aragonとは
AragonはLuis Cuende氏とJorge Izquierdo氏によるプロジェクトで、2016年にEthereum上でローンチされました。非営利組織としてのAragonの設立は2017年で、当初はスペインのバルセロナに拠点を置き、現在はクリプトバレーと呼ばれるスイスのツークにAragon Associationとして拠点を置いています。
Next-level communities run on Aragon
Aragonと関連する組織として、Aragonに関連するツールやサービスを開発するAragon Oneがあります。
Aragonの創業者のCuende氏とIzquierdo氏はユニークな経歴の持ち主で、Aragonの根本にある思想とも関連するためここで少しふれておきましょう。Cuende氏は、Aragonの前に公証プラットフォームStamperyを起業した経験を持つBlockchain分野のシリアルアントレプレナーです。TechCrundのデータベースCrunchBaseによると、Cuende氏はハッカーでありフリーカルチャーの信奉者で、EUのデジタルアジェンダを担当する欧州委員会副委員長の顧問を務めた経験があります。Cuende氏とAragonを共同創業したIzquierdo氏もプログラマーでありシリアルアントレプレナーで、PayPalの創業者で投資家のPeter ThielのThiel Fellowの1人に選ばれました。両氏ともEthereumを考案したVitalik Buterin世代の若手の実力派です。
Aragonのウェブサイトやマニフェストからは、自由で公平かつ公正な組織運営を、表面的にではなく、信念ともいえるレベルで重視にしていることが伝わってきます。これはCuende氏が10代前半からフリーソフトウェアの開発に携わり、フリーカルチャーを信奉していることとも関係しているといえそうです。
2017年4月、プロジェクトが始まって間もない頃に投稿されたCuende氏が書いたブログ記事では、架空のベネズエラの少女マリアを主役に、いかに自律分散型組織が必要とされているのかが語られています。比較的自由で民主的な日本では意識することは少ない「年齢や国籍にかかわらず誰でも組織を作れること」「誰にもその組織を止められないこと」の重要性が伝わってきます。このストーリーはCuende氏のフリーソフトウェアコミュニティでの経験に着想を得たものです。
Decentralized organizations can solve the world’s worst problems | Aragon Blog
Aragonのウェブサイトによると、Aragonを使ってこれまでに1600以上のDAOが作られました。AragonはEthereum上のいかなるスマートコントラクトとも連携可能で、6.5億ドル相当の資産が保管されているといいます(2020年2月現在)。Aragon自体がAragonを使用しているほか、ブロックチェーン上のメタバースDecentraland、DeFiのAAVEやCurveといったプロジェクトもAragonを利用しているプロジェクトとして名前が挙がっています。
裁判所 Aragon Court
Aragonは、DAOの作成・運用以外に、Aragon Courtという裁判所機能を提供しています。DAOでの意思決定は基本的に投票によって行われますが、DAOでの異議をAragon Courtに持ち込むこともでき、陪審員による裁判を受けられます。
陪審員には、ANJ(Aragon Network Juror、Aragon Networkの陪審員トークン)をステークすれば誰でもなることができます。陪審員には毎月の報酬が与えられ、審議で勝った側に立った場合は報酬が与えられ、負けた側に立った場合はペナルティが科されます。
Aragon Courtでは、リリースから1年弱の間にAragon Networkに関する22件の審議が行われました。
Aragon Courtの審議事例はまだ十分ではなく、Aragon Courtの決定にどの程度の影響力があるのかについては今後明らかになることが期待されます。また、誰でも陪審員になれ報酬を得る可能性があるのはとても分散型アプリケーション的で魅力がありますが、一方で報酬やペナルティが個々の陪審員の決定に影響を与えないかが懸念されます。
AragonはAragon Courtは「伝統的な法制度の代わりになるものではない」としていますが、TechCrunchの記事では、従来の法廷でDAOの紛争を解決する難しさをユーモアを交えて説明しています。
暗号通貨とブロックチェーンの薄暗闇の世界では、昔ながらの法廷に論争を持ち込むと、原告と被告の両方が牢屋に入れられるか、法廷が混乱して思考停止状態に陥るかのどちらかに終わる。こんな感じだ。
「DAOとは何ですか?」
「分散型自律組織です、裁判長」
「人間の言葉でお願いします!」
確かに特に現状ではDAOの問題を扱う裁判所があるとよさそうです。また、拠点を持たないDAOの法的管轄区域を考えても、国境を超えて簡便に紛争の解決を試みられる選択肢があるのはよいのではないでしょうか。
Aragonの利用事例
Aragonは実際にどのように利用されているのでしょうか。Aragonのウェブサイトのトップページで利用事例として紹介されているブロックチェーン 上の仮想世界Decentralandの自立分散型の運営についてみてみましょう。
※ Decentralandについて詳しくは本ブログの記事「ブロックチェーン上の3D仮想世界Decentraland」を参考にしてください。
DecentralandのウェブサイトにはDecentralandのDAO、Decentraland DAOによる組織運営を説明したページがあります。
DecentralandのユーザーはLANDやMANA、ESTATEといったトークンの保有量に応じて、付与される議決権を行使することでDecentralandのガバナンスに参加できます。ガバナンスは投票ベースで行われます。投票にかけるトピックは、組織運営に関するものでは、スマートコントラクトのセキュリティに問題があった際に迅速に対処するセキュリティアドバイザリーボードのメンバーの入れ替えや、Decentraland DAOの名前でのスマートコントラクトの実行、新しい投票のトピック、開発に対する助成金の支給など、サービスに関するものでは将来の土地のオークション、世界への機能追加、マーケットプレイスの手数料設定などがあります。
画像: Decentraland DAO
これまでのウェブサービスでも機能追加の提案を受け付け、ユーザーの投票にかけ、投票結果に基づいて実装されるというものはありましたが、分散自立型のAragonを利用すると、組織運営に欠かせない重要な決定に関わる人物の入れ替えや、資産の扱いについて、投票結果に基づき恣意的にならずに処理できるところが革新的です。
組織の資産の扱いについては、お金を借りるという選択を投票にかけ、DAOとしてローンを利用したBrightIDの事例がAragonのウェブサイトで紹介されています。BrightIDはmaple.loansから15,000 DAIを借り入れることに成功しました。ローンというと、通常、人や法人など法的人格を持つ者が金融機関と契約を交わして利用するものでしたが、この例からは、DeFiやDAOの台頭でこれまでの常識を覆す組織や、組織同士の関係のあり方が現実になりつつある様子が垣間見えます。
- How BrightID uses Aragon | Case Study
- Announcing DeFi’s first Unsecured DAO Loan | by Sidney Powell | Maple Finance | Medium
DAOを体験する
Aragonを使って作られたDAOをもっとのぞいてみたい、自分のDAOを作ってみたい思った人もいるかもしれません。
前出の「Powered By Aragon」のページには、Aragonを利用しているプロジェクトのDAOへのリンクがあり、クリックすると現在進行中の投票や過去の投票結果が見られるほか、MetaMaskをはじめとするウォレットを接続すると自分の持つ議決権を表示したり、投票に参加したりできるDAOもあります。
DAOを試しに作ってみたいという場合は、EthereumのテストネットでDAOを作成してみるとよいでしょう。2020年2月本稿執筆時点ではDAOの作成完了までたどりつけませんでしたが、組織の種類に応じてDAOのテンプレートを選択し、プロジェクトの独自トークンを作成し、初期分配したり、投票に関する条件を設定したり、どのようにDAOが作られるのか体験できます。
画像: AragonでのDAOの初期設定
Aragonの課題と今後
Aragonだけでなく、Ethereumネットワーク上に作られたアプリケーションではスマートコントラクトを実行する際にかかるガス代(手数料)の高騰が課題になっています。実際にとあるDAOで提案を作成しようとすると、60ドル相当のガス代(2021年2月現在)が表示されました。
提案については、スパムを防止するためにトークンをロックアップしたりペナルティを科したりするシステムがあり、ガス代を抑止力とする必要はありません。ガス代が足かせとなって提案がされない、投票が行われないといった事態に陥ってしまっては本末転倒です。
Aragonは、流動性提供プロトコルを提供するBalancer Labsの「友人たち」、特にオフチェーンで改ざんなくトークンホルダーが投票できる投票サービスSnapshotの作成者のFabien Marino氏らとこの課題に協調して取り組んでいます。具体的には、投票はオフチェーンで行い、オフチェーンの投票結果をオンチェーンに記録します。ブロックチェーンに書き込む投票結果には異議を申し立てることもできます。
Aragon and Balancer work together to take Snapshot to the next level | Aragon Blog
オフチェーン投票の導入に伴い、2020年10月からより軽量でガス代を節約できるANT(Aragon Network Token)トークンのv2への移行が進められています。
Upgrading ANT: Say hi to ANT v2
2020年10月に公開された「Aragon v2に向けて」というタイトルのブログ記事では、今後Aragon CourtをAragon Protocolと改名して活動の中心にする計画が示されています。
Towards Aragon v2 | Aragon Blog
おわりに
分散型アプリケーションでは、議決権を象徴するガバナンストークンがアプリケーションを利用しているユーザーに付与されることがあります。ガバナンストークンの中には形だけのものもあり、付与されてもすぐに売却する、値上がり・値下がり益を期待してマーケットで購入・売却するなど投機的に扱われることも少なくありません。
でも、本当に気に入っているサービスに影響を与えられる議決権だったらどうでしょうか。目先のお金に目が眩むこともあるかもしれませんが、私たちはより積極的に意思決定に参加するようになるかもしれません。
Aragonは、若いブロックチェーン世代の自由への想いと技術的な知識やスキルを武器に、DAOのニーズのあるさまざまな分散型アプリケーションプロジェクトをまきこんで、誰もが透明で公正なDAOを作れ、誰もが参加できるようにしようとしています。DAOの外での紛争解決のメカニズムもAragon Courtとして確立しようとしています。
Aragonが真のDAOを追求する道のりでは皮肉なできごともありました。Aragonの共同創業者でAragon OneのCEOを努めたIzquierdo氏は2021年1月、DAOの決定でAragon Oneを去ることになりました。Izquierdo氏は決定を受け入れ、今後もAragonの発展に貢献していくとのこと。
辞任に関するIzquierdo氏の辞任に関する一連のツイート
今後、DAOは社会に浸透し、既存の中央集権型の組織のあり方にも影響を与えていくのでしょうか。
筆者は自身の利用するアプリケーションやサービスの意思決定に積極的に参加できるのは素晴らしいことだと考えています。自由や公平性を大切にするAragonが、技術の力で組織の未来を形作っていくことに大いに期待しています。
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