2016年にSteemブロックチェーンとともにリリースされ、Steemエコシステムの拡大に貢献してきた分散型ソーシャルメディアSteemitがTRONに買収されました。本記事では、今回の買収とその後のガバナンスイシュー、その中で見えてきた分散型プラットフォームの危うさとそれを補うコミュニティーの力について、Steemitユーザーでもある筆者が解説します。(冒頭画像はTRONのプレスリリースより)
経営難に陥っていたSteemit Inc.
Steemitは、Ned ScottとDaniel LarimerがそれぞれCEO、CTOとして2016年にSteemブロックチェーンとともにリリースしたブロックチェーンベースの分散型ソーシャルメディアです。Steemブロックチェーンは分散型のネットワークで、DPoS(Delegated Proof of Stake)という仕組みで、Steemアカウントを持つユーザーによって投票で選ばれたwitnessと呼ばれる個人や組織のノードがネットワークのトランザクションの承認にあたっています。一方、SteemitはSteemit Inc.という企業が中心になって開発と運用を行うオープンソースのサービスです。プラットフォームであるSteemブロックチェーンと、企業が運用するSteemitは本来別のものなのですが、SteemitがSteemブロックチェーンの主要アプリケーションとして、コミュニティーの構築にも寄与してきたため、witnessやwitnessに投票する人の多くがSteemitユーザーであるなど、切っても切り離せない関係にあります。
※Steem/Steemitの仕組みについては詳しくは本ブログの解説記事「ブロックチェーンを使ったソーシャルメディアプラットフォームSteem」を参考にしてください。2017年の記事ですが仕組みは大きく変わっていません。
Steemitが画期的だったのは、2016年という早い時期に広く一般に仮想通貨の世界の入り口を開いたところです。仮想通貨を保有したい、使いたいと思ったら取引所で購入するのが一般的ですが、Steemitに投稿し、他のユーザーから投稿が評価されると、Steemブロックチェーンの仮想通貨STEEMやSBDが報酬として与えられます。ここまでお財布を開く必要も、煩雑なKYC手続きを経て取引所に口座を開く必要もありません。一時期はSteemitへの投稿で生計を立てていた人もいたほどです。また、書くのが苦手な人であれば、Steem上のカードバトルゲームSteem Monstersで戦う、Steem払いが可能なウェブショップでものを売るといった方法でもSTEEMやSBDを手に入れられます。仮想通貨払いの報酬をアピールするサービスは他にもありますが、Steemブロックチェーンの仮想通貨であるSTEEMやSBDには一定の価値があり、Bitcoinと交換できます。
Steemitは2017年末の仮想通貨バブルの後もしばらく盛り上がりをみせましたが、2018年に始まった仮想通貨低迷期のあおりをまぬがれることはできませんでした。2018年11月、Steemitは人員の70%以上を削減することを発表しました。実際にSteemitやSteemit上の日本コミュニティーなどを見ていると、古くからSteemitを使っている人たちは残っているものの、閑散としていくのが感じられました。
Steemit Lays Off 70% of Its Staff, Citing Crypto Bear Market – CoinDesk
Steemitのビジョンは壮大で、個人に仮想通貨で報酬を与えるだけでなく、コミュニティーに資金調達や収益化の新しい手段を提供することも目指していたようです。残念ながらこれらの機能は実現されないまま今日に至ります。SteemのウォレットをSteemitから切り離す、SteemitのAPIがHivemindを介して提供されるようになるなど、開発チームがSteemitの改善に取り組んできたことは確かですが、ユーザーインターフェイスやユーザーエクスペリエンスの点では、2016年のサービス開始当時と大きく変わっていません。
Steemitには開発を進めたいものの、資金力や技術力の点から開発が思うように進められないもどかしさがあったようです。このような状況で、Steemitの前に現れたのがTRONとその創業者Justin Sunでした。
救世主TRON?
TRONは2017年に中国出身の起業家Justin Sunが創業した仮想通貨ネットワークです。Justinは、アメリカで早期に仮想通貨の世界に入り、2013 年から一年半、中国のRipple Labsの代表を務めたことでも知られています。TRONは分散型アプリケーションプラットフォームとして支持を集め、サンフランシスコのオフィスに100人規模の従業員を抱るまでに成長しました。2020年3月現在、CoinMarketcapでのTRONの時価総額は14位です。
画像: TRONウェブサイトより
TRONは買収や提携に積極的で、P2Pプロトコルとソフトウェアの草分けBitTorrentを買収し、注目を集めました。また、SamsungとのパートナーシップではSamsung Blockchain Keystore SDKを統合し、Galaxy Z Flipなどの新機種でTRONの分散型アプリケーションへのアクセスを容易にすると発表しています。TRONはブロックチェーンベースのサービスを取り込む動きも見せています。当初Steemブロックチェーンを使っていた分散型動画配信サービスDLiveは、Linoブロックチェーンに移行したあと、2019年12月にBitTorrentエコシステムへの参加を発表し、今後TRONに移行する予定です。ブロックチェーンベースのゲームの中には、併用するチェーンとしてTRONを新しく追加するゲームもみられます。
仮想通貨市場は2019年から回復基調に入り、社会ではブロックチェーンが浸透しつつあるものの、未だ仮想通貨低迷期の影響は少なくなく、企業やサービスにとって、TRONの資金力、技術力、マーケティング力が魅力的にうつるのでしょう。経営に行き詰まっていたSteemitが買収に活路を見出したのは想像に難くありません。
買収とその後のガバナンスイシュー
TRONがSteemitに興味を持っていることは以前から噂されていましたが、2020年2月15日、TRONによるSteemitの買収が発表されました。買収の発表当日にはSteemitの旧CEOのNedとTRONを率いるJustinのライブチャットが配信されました。和やかな雰囲気の中NedはSteemitで目指したかったことを語り、Justinは資金、技術、マーケティング面でのサポートを惜しまないことを約束しました。実際、買収直後には、これまでSteemitがリリースできなかったコミュニティー機能のMVPがリリースされ、Steemitが新しい一歩を踏み出すかに見えました。
しかし、Steemit Incが所有する「ninja-mined stake」と呼ばれる大量のトークンがきっかけとなり、ブロックチェーンのガバナンスイシューが発生します。Ninja-mined stakeはいわばプレマインされたトークンで、これまでSteemit Inc.とコミュニティーの間で紳士協定的に「このトークンから得られる権利を使ってウィットネスに投票をしない」「新しいユーザーのオンボーディングや開発に使用する」とされ、Steemブロックチェーン、bitcointalk、GitHubなどに記録が残っています。買収に際してNedがJustinにこの点を明示していなかったようで、TRONは思わぬ制約のもと大きな買い物をしてしまうことになりました。
この事態を憂慮したSteemブロックチェーンのwitnessたちは、ネットワークのノードが実行するコードに「Steemit Inc.に関連するアカウントの投票をさせない」「トークンの引き出しや転送をさせない」といった変更を加え、緊急のソフトフォーク(SF 22.2)を買収発表から1週間後の2月22日に実施しました。TRONのブログ記事よると凍結されたSTEEMは65百万STEEM(2020年3月現在12億円ほど)にのぼると言います。このソフトフォークは、コードの変更でいつでも制約を取り除くことができ、新体制が落ち着くまでの暫定的なものいう位置付けでした。結果的にはコミュニティーに支持されたものの、コミュニティーの合意のないソフトフォークが行われたことにも問題がなかったとは言えません。
これに対して新Steemitが真っ向から対抗する姿勢を見せます。Justin率いる新Steemitは、大手取引所Binance、Huobi、Poloniexと結託して、取引所に預けられている利用者のSteemを使って、新Steemitのwitnessに投票を始めました。取引所は非難の声を受け、投票を撤回しましたが、投票権を得るために使われたSteemは最長13週間ロックされるため、取引所の利用者はSteemを引き出せなくなりました。
一時はトランザクションの承認を行うすべてのwitnessが新Steemitが支持するwitnessとなり、Justinがソフトフォークを実行したwitnessたちを「ハッカー」と呼び、Twitter上で勝利宣言するにいたりました。シビルアタックによって分散型のサービスが一夜にして中央集権化してしまったのです。
Steemitユーザーのコミュニティーでは、これまでのwitnessを支持する「Vote for your witnesses!」(あなたのwitnessに投票しよう)という声が高まり、コミュニティーが支持するwitnessがトランザクション承認に関わる上位20に復帰してきています。買収とその後の争いを経て、Steemitを退職して態度を表明する人も出てきました。
一方、多額のSTEEM/SBDを保有する人の中には、落ち込んだ価格を回復させる可能性のあるJustin率いる新Steemitに期待する人もいるようです。Steemitを買収したJustinはというと、当初はSteemitを広める積極的だったものの、今回の騒動とコミュニティーからの敵対的な対応を目の当たりにして、早々に利益をあげてSteemitを手放す方向に気持ちが傾いているようです。
おわりに – 分散化とコミュニティー
筆者は当初TRONによるSteemit買収について、ブロックチェーンが集約していく中で、どのようにユーザーの資産価値が保存され、サービスが継続していくのかという観点から興味を持っていました。実際には、プレマインされたトークンにまつわる紳士協定が破棄されかねない事態に陥り、ブロックチェーンのガバナンスイシューに発展したことで、Steem/Steemitにとどまらないブロックチェーンと仮想通貨の今後を考える上で、より重要な事例になりそうです。
分散型のプラットフォームといっても、巨額の資金が投入されると、合意形成の方法次第では一転して中央集権的なサービスになりかねません。今回はSteemでガバナンスイシューが発生しましたが、同じようにDPoSを採用しているパブリックブロックチェーンでは同様の事態が起こる可能性があります。Ethereumを考案したVitalikはTwitter上で今回の争いに興味を示しています。
DPoSの生みの親で、Steemitを共同創業したDaniel Larimer(現Block.one CTO、BitsharesやEOSを開発)は「誰でもSteemをフォークできて、それこそが分散型システムの鍵」「真の力はコミュニティーにあり」としています。また「Steemコミュニティーがどのように分散化を維持していくのか注目している」とも。
たくさんの課題が山積する中で、明るい兆しも見えています。Daniel Larimerが真の力はコミュニティーにありとツイートしたように、Steemit上で4年という歳月をかけて育まれたコミュニティーは、新Steemitがwitnessを独占する中、旧witnessを中心に投票を呼びかけ、取引所に抗議し、witnessの半分を取り戻すまでになりました。巨額の資金でブロックチェーンやその上のサービスを買うことはできても、コミュニティーまで買うことはできないのかもしれません。
利用者のトークンを投票に使った大手取引所BinanceとHuobiは非を認め、投票を撤回し、ロックされているユーザートークンの解放を進めるようです。取引所の行動は性急でしたが、各所で物議をかもすBinanceのCEO Changpeng Zhao(CZ)がリアルタイムで状況の理解に努め、Twitter上でコミュニケーションをはかっていたのは評価すべきかもしれません。筆者も投票の行方を見守りながらCZに対して一度ツイートし、みんなで声をあげれば通じるかもしれないという手応えからは、現実の政治ではなかなか感じられない「政治に参加している」という今までにない感覚が得られました。
事態は未だ流動的で、新Steemitがサポートするwitnessとコミュニティーがサポートするwitnessが半々で拮抗しています。Steemitとコミュニティーはどのような解決策にいたるのか、この一件からほかの仮想通貨やブロックチェーン、分散型コミュニティーにも通じる学びが得られるのか、今後の動向を見守っていきたいところです。