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本記事では医療記録をEOSブロックチェーンを利用して管理し、記録の保持者が希望すれば研究にデータを提供し、報酬がトークンで支払われるプラットフォームの構築を目指してきたスロベニアのスタートアップIryoの取り組みを解説します。

※ 2019年5月現在、仮想通貨市場の低迷からICOが停止しプロジェクトがスローダウンしていることをここ冒頭に記載いたします。

 

Iryo(イリオ)とは

Iryoは2017年に創業した医療分野に特化したブロックチェーンスタートアップで、開発スタジオ3fsのプロジェクトとして始まりました。3fs、Iryoともに中央ヨーロッパのスロベニアの企業です。社名と同名のサービスIryoは、EOSブロックチェーンを利用して医療記録を扱うプラットフォームで、記録保持者であるエンドユーザー(以下「エンドユーザー」とします)が主体的に自身の医療記録を保持、管理可能にします。

Iryoが取り扱おうとしている医療や健康診断の記録について、日本ではすぐに参照できる形で手元に全てのデータを保管しているという人は極少数でしょう。医療記録は極めてプライベートなデータで、心理的に他人に見せたくないだけでなく、流出してしまうと過去の病歴からサービスを受けられないなど社会的損失を被りかねません。自分自身はいつでも自分のすべての医療記録にアクセスでき、その他の人や組織は必要な時に必要なデータにのみアクセスできるのが理想です。しかしながら、医療機関に記録の管理を任せっきりにしまっているのが現状です。デジタル化が進む現代でも、たとえば日本では予防接種の記録は未だに母子手帳の紙ベースで、医療機関や行政のデータベースに記録は残っているかもしれませんが、完全にデジタル化されているのかは不明で、さらにデジタルデータになっていたとしても医療機関同士のシステムの相互運用性は高くなく、一連の記録としてアクセスするのは容易ではありません。

Iryoの計画は壮大で、医療記録を臨床情報モデルのオープンスタンダードopenEHRで記述し、エンドユーザーのモバイルデバイスを中心に管理できるようにするだけでなく、エンドユーザーが希望すれば研究者による質問に匿名でデータを提供し、データ提供の報酬としてIryoのトークンIRYOを受け取り、将来的にはIRYOを医療費の支払いに使えるようにするといったアイデアも盛り込まれていました。

個人の医療記録のイメージ(Iryoのウェブサイトより)

Iryoは2018年5月、キリスト教系の慈善団体Tying Vinesとの共同プロジェクトとして、中東のヨルダンの首都アンマンの難民キャンプでプロトタイプの運用を始めました。難民はキャンプでの生活の後、祖国や新しい場所で生活を始めますが、適切に社会サービスを受ける上で信用がおけてどこにでも持ち運べる医療や健康の記録が不可欠です。リリース時のIryoのブログ記事によると、このバージョンではEOSブロックチェーンによるデータのアクセス権の管理は行われていませんが、最終的なバージョンではEOSブロックチェーンを利用するとしています。

Iryo’s electronic health data management platform successfully deployed

 

Iryoとブロックチェーン

Iryoがどのようにプラットフォームを構築しようとしていたのかホワートペーパーをもとに見ていきましょう。

Whitepaper – Iryo

概要をはじめに説明すると、Iryoは独自のストレージネットワークを構成し、ストレージネットワークのデータの読み書きといったアクセス権の管理とトークンの管理にEOSブロックチェーンを使います。プラットフォームにはエンドユーザー、医療機関、研究者といったユーザーが利用するトークンIRYOが存在します。

ストレージネットワークの構成要素、EOSブロックチェーンによる権限管理、Iryoのトークンについて詳細に見てみましょう。

ストレージネットワークの構成要素

エンドユーザーの医療記録は、(a)Iryoの中央集権的なクラウドストレージ、(b)医療機関のコンピューター、(c)エンドユーザーのデバイスに保存されます。データはエンドユーザーの秘密鍵で暗号化されているので、万が一流出することがあっても、何を表すものかはわかりません。既存の分散型ストレージについてIryoはシビルアタックの可能性が否めないとし、少なくとも(a)から(c)のいずれかにデータが残り医療記録の損失を防げるという観点からこのようなストレージネットワークの構成を採用したとしています。

医療機関は保存するデータの量に応じて一定量のIRYOを保持する義務があり、ホワイトペーパーでは10,000ドル相当(2019年5月時点で約110万円)とされています。IRYOには年間数%のインフレ率が設定され、その一部がストレージネットワークの費用に当てられます。

EOSブロックチェーンによる権限管理

エンドユーザーは医療記録へのアクセスを許可するにあたって、データの利用可能期間や範囲を指定したブロックチェーンに対して、権限付与に関するメッセージを発行します。データの開示はプロキシ暗号化技術NuCypherをベースにした手法で行われます。エンドユーザーが自身の秘密鍵と担当医の公開鍵から担当医が復号できるように再暗号化するための鍵を作成し、Iryoのサーバーがこの鍵でデータを再暗号化し、担当医にデータを送信します。担当医はこれを復号してエンドユーザーのデータを閲覧します。

データの閲覧権限付与の仕組み(ホワイトペーパーp24の図を元に著者作成)

書き込みについてホワイトペーパーに明確な記述はありませんが、データの更新は主にエンドユーザーのデバイスから行われることが想定しているようです。エンドユーザーのデバイスから更新があると、全てのストレージが同期され、ブロックチェーンにデータの保存場所とハッシュを記録として残します。

IryoはEOSを利用する主な理由として、PoWのネットワークのようにトランザクションを発行するごとに手数料がかからないこと、DPOS(Delegated Proof of Stake)により迅速に合意形成ができることを挙げています。

トークンIRYO

Iryoのプラットフォームでは独自トークンIRYOの利用が想定されています。IRYOには、医療機関がIryoのネットワークに参加する際に保有するほか、研究目的の匿名データを集める際に研究者が支払いに利用する、エンドユーザーはデータ提供の報酬として受け取る、医療費の支払いに利用するといった用途があります。

Iryoは2018年にプリセールを行いEthereumとEOSによる出資を募りましたが、仮想通貨市場の低迷を利理由に、同年10月にプリセールで集めた資金の返金と続くICOのキャンセルを発表しました。2019年5月現在、IRYOの発行について新しい情報は発表されていません。

Iryo is cancelling plans for an ICO – Iryo Network – Medium

 

Iryoの課題

Iryoの取り組みからは、医療というシリアスな分野で、資金やネットワークの面で限界のあるスタートアップが乱高下する仮想通貨で資金を調達してプラットフォームの開発と運用に取り組む難しさが見えてきます。

市場の乱高下を理由にエンドユーザーの医療記録が失われてしまっては本末転倒です。開発はオープンソースで行われているものの、Iryoのストレージの構成では、Iryoがサービスや開発を停止してしまうと、中央集権的なクラウドストレージが停止し、医療機関やエンドユーザーのアプリケーションが更新されず最悪の場合、将来的にデータは閲覧できなくなってしまいます。

仮にプロジェクトのペースが戻ったとしても、Iryoが目標として掲げているように、難民キャンプを超えて、スロベニアをはじめとするEUなどにシステムを導入する場合、国や地域、医療機関や保険会社など医療や健康に関連する組織を動かす力、連携する力も必要になってきます。また、それぞれの国や地域の医療制度に慣れているエンドユーザーや医療機関に対して、決して容易とはいえないブロックチェーンを利用したシステムがどうして改ざん不可能な記録として機能するのか説明し、使い方を教えていかなければなりません。

 

Iryoの今後

Iryoはウェブサイトでロードマップを公開しています。仮想通貨市場の低迷によるICOキャンセルなど当初の計画は変更を強いられていますが、大きな流れとしては、ホワイトペーパーで説明している機能の実現と並行して、外部へのAPI、研究者向けのポータルや機能が公開され、ERPやHIS(Hospital Information System、病院情報システム)をプラットフォームにつなげていく計画が示されています。

Roadmap – Iryo

 

おわりに

昨今日本では風疹の流行が話題になることがあります。予防接種の履歴を知りたくても見当たらないといった経験をした人もいるかもしれません。Iryoのようなシステムで手元のスマートフォンですぐに確認できたら確実に便利です。また、今後一層グローバル化が進むと、さまざまな国や地域で仕事や生活をする機会が増え、いつでも参照でき、必要に応じて医師や医療機関、保険会社に示すことのできる信用のおける医療記録は不可欠になっていきます。

Iryoが行った、医療記録の所有者は誰なのかという問題提起、医療分野でのブロックチェーン活用の可能性を示したことは大変意義深いと言えます。

医療分野は、スタートアップが進出するには超えなければならない障壁の多い分野ですが、Iryoに続く形でブロックチェーンを利用した医療分野のサービスがたくさん登場し、その中から成功するものが出てくることに期待したいです。

Aram Mine

Gaiax技術マネージャ。研究開発チーム「さきがけ」リーダー。新たな事業のシーズ探しを牽引。2015年11月『イーサリアム(Ethereum)』 デベロッパーカンファレンス in ロンドンに参加しブロックチェーンの持つ可能性に魅入られる。以降ブロックチェーン分野について集中的に取り組む。

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