Circlesとは
Circlesはドイツのベルリン発のプロジェクトで、ブロックチェーンを使ってコミュニティーベースの代替通貨とベーシックインカムの実現を目指しています。
Circles UBI – A basic income system for communities
ベーシックインカム(基本所得制)については、Wikipediaに「最低限所得保障の一種で、政府が全国民に対して、決められた額を定期的に預金口座に支給するという政策」と説明があります。
匿名掲示板2ちゃんねるの開設者で、論客として知られるひろゆきさんがベーシックインカムを支持していることから、ベーシックインカムについて耳にしたことがあるという人もいるかもしれません。
ベーシックインカムと似た制度として、政府による生活保護や年金といった社会保障制度がありますが、一般的にベーシックインカムは収入や年齢といった条件で支給を制限されることはありません。ベーシックインカムには財源をどうするかといった課題はあるものの、「チャレンジしやすくなる」「安心して生きられる」という点から筆者は長らくベーシックインカムの実現に期待しています。
Wikipediaの説明では「政府が全国民に対して」という記述がありますが、政府や公的機関の対応を待たずにベーシックインカムを実現しようとするプロジェクトがあり、Circlesもこの一つです。
Circlesのユーザーは定期的にベーシックインカムとしてCirclesの通貨CRCを付与されます。筆者も先日ベルリンで開催されたマーケットに参加してCirclesの輪に入り、CRCを受け取っています。
画像: ベーシックインカムの付与履歴
Circlesの通貨CRCはすでにベルリンのマーケットや、CRCの受け取りを表明しているビジネス、Circlesのオンラインマーケットプレイスで使用できます。続いてCirclesの仕組み、CRCがどのように使われているのか見てみましょう。
Circlesのしくみ
Circlesは、当初xDai上で運用されていましたが、xDaiがGnosis Chainとなったことから現在はGnosis Chain上で通貨の発行やトランザクションの実行を行っています。
※ Gnosis Chainについて詳しくは本ブログの記事「Gnosis Chain(旧xDai)とは?Ethereumの実験の場としての役割を目指すサイドチェーン」を参考にしてください。
Circlesでは人と人とのつながりの中に存在し流通するお金を重視しています。このコンセプトから、Circlesのしくみは、ブロックチェーンを利用してプロジェクト独自の通貨を発行するものとは少し異なっています。筆者はCirclesのチームに助けてもらいながらCirclesのしくみについて理解を進めました。ここで少しだけお付き合いください。
既存ユーザー3人からの承認を得て、Circlesに加わるとユーザーのアカウントは自動的に独自の通貨を発行し、それを受け取り始めます。これがCirclesでベーシックインカムと呼ばれるものです。たとえば、TaroさんがCirclesに加わると、「CRC_Taro」の発行が始まります。すべてのユーザーに一定期間に同じ単位量のCRCが付与されていて、2023年4月本記事執筆時点では1時間に1CRC付与されています。
Gnosis Chain上のトランザクションを可視化したGnosis ScanやCirclesのウォレットでは、すべての通貨がCircles(CRC)として表記されていますが、Circlesのシステムの裏側では、Taroさんのアカウントが発行したCRCは「CRC_Taro」(TaroさんのCRC)として扱われます。
画像: Gnosis Scanより
実際にさまざまなトランザクションのCircles(CRC)のリンクをクリックしてみると、総供給量と保有アドレス数が異なります。これはユーザーによってCirclesに参加した時期が異なり、どれくらい取引に利用したかが異なるためです。
画像: 誰のCRCかによって写真左と写真右のように総発行量や保有者数が異なる
Circlesのシステム上では「CRC_Taro」「CRC_Akiko」のようにユーザーのいわば色がついていることになりますが、Circlesでユーザー同士が間接的にでもつながっていると、中継ユーザーを介してCRCが伝搬して下の図のように取引を行えます。取引を行うには中継ユーザーが十分にCRCを保有している必要があり、ネットワークでのつながりの少ない新しいユーザーは取引をスムーズに行えない可能性があります。
画像: Circlesでのお金の流れ(Circles ホワイトペーパーより)
Circlesのホワイトペーパーによると、ベーシックインカムとインフレを組み合わせたCirclesのしくみは、ユーザーがCRCをため込むのを防いで、経済活動を促進するためのものだといいます。このような思想は、ミヒャエル・エンデについて書かれた『エンデの遺言「根源からお金を問うこと」』で紹介されている経済思想やそれを体現した地域通貨の流れを汲んでいるようにも感じられます。
誰でもベーシックインカムを受け取れるとなると、フェイクアカウントを作ってより多くのベーシックインカムを受け取ろうとする人も出てくるかもしれません。Circlesでは、そもそも3人の信頼がないとネットワークに加われないほか、フェイクアカウントのCRCが発行されたとしても流通させない対策が講じられています。下の例では、AliceがFake Aliceを作成したとしても、Bobは自身が直接信頼している人のコインしか受け取らない(受け取れない)ため、Fake AliceのCRC_FakeAliceはFake AliceとAliceにとどまります。
画像: フェイクアカウントを作ってもそのアカウントの通貨は使えない
(Circles ホワイトペーパーより)
ユーザーが増えるに従って誤ってFake Aliceを信頼してしまうようなケースも出てくるかもしれません。今後利用が広まるとともにフェイクユーザーとその通貨に対するベストプラクティスがみつかることを期待されます。
Circlesのしくみについて詳しくはホワイトペーパーが公開されています。
Whitepaper | Circles UBI | Handbook
CRCを使ってものを売ってみました
筆者はベーシックインカム制度を支持していて、2018年ごろからCirclesの動向に注目してきました。本ブログのベルリンについての記事でもCirclesに言及しています。CRCを使った現実世界でのマーケットがベルリンで定期開催されていることを最近Instagramで知り、参加してみることにしました。
ベルリンへの道中、マーケットに参加するためにCirclesのウォレットを用意しました。ブラウザベースのウォレットで、最後の他のユーザーから承認してもらう部分以外は、通常の暗号通貨ウォレットの作成プロセスと変わらず、指示に従うとスムーズにウォレットを作成できます。
画像: Circlesのウォレット作成プロセス
筆者が参加した回のマーケットはFrieda Südというベルリン中心部のコミュニティースペースで行われました。ベルリンは今ではきれいでおしゃれな場所が多くなりましたが、Frieda Südはアーティストや実験好きの人たちが集まる古き良きベルリンの香りがしました。
画像: Circlesのマーケットの会場となったFrieda Süd(筆写撮影)
既存ユーザー3人からの承認のない状態でベルリンに到着しましたが、現地でマーケットの運営をしていたCirclesのチームに助けてもらって無事ウォレットのセットアップが完了しました。CRCには個人が発行する通貨というデザインもあってか、取引所などでは取引されていません。このため実世界の通貨との紐付けがなく、マーケットでは1EURあたり10CRCくらいを目安に値付けをするとよいとアドバイスされ、筆者は普段7ユーロで売っている紫蘇シロップを70CRCで、10ユーロのおにぎりメーカーを100CRCで販売し、マーケットが始まってまもなく紫蘇シロップは完売しました。
画像: Circlesのマーケットのスタンドより(筆者撮影)
夕方5時ごろから徐々に人が訪れ始めたマーケットは、時間が経つにつれ賑わいを見せました。初春の冷え込む日だったこともあり、Circlesのチームが参加者にお茶を配る場面も。マーケットと並行してCirclesについて説明したり話し合ったりするアセンブリと呼ばれる月次ミーティングが行われていました。
画像: Circlesについて話し合う月次ミーティング(Circles UBI Official の Instagramより)
今回筆者は初めてCirclesのネットワークに加わり、つながりが少なかったことから、スムーズにお金を受け取れないといったハプニングがありましたが、ベルリンらしく、フレンドリーで好奇心旺盛なお客さんばかりで、ハプニングはシステムをよりよく知るきっかけにすらなりました。
2016年から暗号通貨ライフを送っていますが、実際に暗号通貨を使ったのはbitcoinとHive(旧Steem)など数えるほどで、ほとんどがオンラインでの取引です。今回、暗号通貨を使ってこれだけの人が一度にものやサービスを実世界で取引している中に入り込めたのは何より新鮮な体験でした。参加者と話す中で、CRCを受け付けているベルリンのお店やサービスがあることを教えてもらいました。
本記事を読んで、Circlesが気になったという人は、実際にマーケットに参加してCRCを使ってみるのが一番のおすすめですが、日本からは地理的に遠いこともあり、オンラインのマーケットプレイスをのぞいてみるとよいかもしれません。
より詳しく知りたい場合には、コンタクトフォームやInstagramから連絡をとれます。Circlesのチームには、マーケットでも本記事執筆にあたっても親切に疑問に答えてもらえました。国際都市ベルリンのプロジェクトで、ドイツ語だけでなく英語でコミュニケーションできます。
おわりに
本記事では、ブロックチェーンベースの代替通貨とベーシックインカムの実現を目指しているベルリンのCirclesを紹介しました。
2020年末に始まった暗号通貨ブームではDeFiやブロックチェーンベースのゲームで暗号通貨のユーザー層が広がり、オンラインでの暗号通貨の利用は進み、bitcoinをはじめとする一部の通貨については実店舗での利用もできます。
画像: 暗号通貨を利用できるビジネスの分布(Bitcoin.com Mapsより)
このような中で、Circlesはブロックチェーンや暗号通貨に詳しくない人も含め、地域通貨のようにコミュニティで利用を広げる興味深い事例といえそうです。みんなが信じるところにお金が生まれるのかもしれません。
Circlesのチームによると、匿名性を高めたシステムについても検討を進めているとのこと。今後の現実世界、オンライン両方でのCirclesの展開、インフレと組み合わさったベーシックインカムのしくみがどのように機能するのか注目したいです。