アメリカのBrave Softwareはウェブブラウザ「Braveブラウザ」と、連動する広告プラットフォームを開発し、インターネットに変革をもたらそうとしています。本記事では、1990年代に開発競争が始まり、すでに勢力図ができあがったかに見えるブラウザ分野に切り込むBrave Softwareの取り組みを解説します。
Braveブラウザとは
インターネット上のウェブサーバーからデータ取得し、ウェブページを表示するウェブブラウザの開発は1990年代に始まり、当時から20年以上経ち、枯れた分野というイメージを持っている人も少なくないでしょう。一方、仮想通貨やブロックチェーンに明るい人の中には、ここにBraveブラウザという新星が現れたことを知っている人もいるかもしれません。
Braveブラウザは、サンフランシスコのベイエリアに拠点を置くBrave Software Inc.が開発するオープンソースのウェブブラウザです。Brave Software Inc.は、JavaScriptの生みの親で、Mozilla Corporationで最高技術責任者と最高経営責任者を務めたBrendan Eich氏によって2015年に創業されました。Brave Softwareは、Braveブラウザで安全で高速なよりよいブラウジング体験を実現すると同時に、独自のトークンBATを介して広告主、ブラウザのユーザー、コンテンツクリエーターをつなぐ広告プラットフォームを提供します。
Secure, Fast & Private Web Browser with Adblocker | Brave Browser
Wikipediaによると、2019年のブラウザのシェアはGoogleのChromeがトップで、macOSとiOSのSafari、Firefoxが続きます。Braveブラウザのシェアはこの統計では名前が挙がらないほどまだ小さいものですが、仮想通貨界隈では以前から度々話題になるブラウザで、Eich氏が率いるプロジェクトということもあり2017年のICOでは3500万ドル(2020年5月現在37億円強)もの資金を一瞬で集めました。以降Braveブラウザは徐々に知名度を上げ、2020年3月の新規ユーザー数についてBrave Softwareのマーケティングの責任者はTwitter上で100万人以上とtweetしています。Cointelegraphの記事によると、月間ユーザー数は2018年時点で550万人、2019年時点で1040万人、Brave Softwareがウェブサイト上で公開している広告掲載希望者向けの資料では月間ユーザー数は1350万人とされています。
国内のニュースでは、2020年4月に大手取引所のbitFlyerがBrave SoftwareがBraveブラウザとともに開発を進める独自のERC-20トークンBAT(Basic Attention Token)の取り扱いを始めることを発表しました。銘柄の選択に慎重な大手取引所への上場は、プロジェクトへの注目や信用の指標でもあり、今後のプロジェクトの成長が期待されます。
ベーシックアテンショントークン(BAT)の取扱いを開始しました!|bitFlyer Blog
2020年5月現在、BraveブラウザはWindows、macOS、Linux、Android、iOSで利用できます。
Brave Softwareの独自性
私たちは日々多くのウェブ上のコンテンツやサービスを無料で閲覧し使用しています。コンテンツやサービスの作り手の多くは運営費をまかなった上で収益をあげるため、お金を稼がなければなりません。ウェブ上のコンテンツやサービスの収益化については古くから議論されてきましたが、無料でコンテンツやサービスを提供する場合、広告を掲載して収益化するのが一般的です。これはウェブ以前のテレビや新聞といったメディアでも用いられている手法で、ウェブでは2000年代前半のアフィリエイトのはしりからGoogle AdSenseの登場を経て広く使われる収益化手法となりました。
無料でコンテンツを閲覧し、サービスを利用できるのはうれしいことですが、広告がわずらわしく感じられることも少なくなく、肝心のコンテンツが表示されるまでに時間がかかり、広告のデータや表示処理には余分な電力を消費します。また、適切な広告を表示するために、広告配信サービスやそれらを使うウェブサイトは、クッキーやトラッカーなどさまざまな方法でウェブページの閲覧者を追跡し、プライバシーの侵害にもなりかねません。
このような問題に対し、Braveブラウザは広告やトラッカーをブロックし、通常のブラウザと比べて最大6倍高速にウェブページを表示することで、安全なブラウジングを可能にしたとしています。コンピュータ向けのBraveブラウザは、Torという匿名通信技術を使用することでどこからのアクセスか推定しにくくし、よりプライベートにウェブページを閲覧することもできます。実際にBraveブラウザを使ってみると、ブロックされた広告とトラッカーの数、節約できた時間の推定値などを知ることができ、いかに多くの広告にさらされているのかがわかります。広告ブロックの一例を挙げると、BraveブラウザでYouTube上の動画を見ると動画中で広告が流れません。
画像: Braveブラウザで表示される効果
そうはいっても広告がブロックされてしまうと、お気に入りのウェブサイトやコンテンツクリエーターがお金を稼げなくなり、コンンテンツが配信されなくなってしまうかもしれません。それに対しては、Brave Softwareは新たな広告モデルを用意しています。Braveブラウザのユーザーが広告表示を許可すると「プライバシーを尊重した」Brave Adと呼ばれる広告が表示され、広告を見たユーザーはERC-20トークンBAT(Basic Attention Token)を報酬として受け取ります。ここでいう「プライバシーを尊重した」とは、「広告のマッチングはユーザーのデバイス内で行われ、ユーザーデータを外部に送信しないこと」を意味します。BATは、仮想通貨としてトレードできるほか、お気に入りのサイトやコンテンツクリエーターの支援に使用できます。Brave Softwareによると、Brave ブラウザはユーザーのデバイス上での機械学習に基づいて、適切なユーザーに対して、そのユーザーが他の何かに興味を引かれていない時に広告を提示するため、広告主にとってもメリットのある広告プラットフォームになるよう工夫されています。
画像: Braveブラウザと広告プラットフォームのステークホルダーの関係
Braveブラウザを使うとユーザーはより主体的に支援する対象を決められるようになり、ユーザーが価値があると判断したサービスやクリエイターにお金がまわるようになることが期待されます。ユーザーが自分の持っているお金を使って支援するという点では、投げ銭サービスのようにとらえることもできます。
※ ただし、法規制により日本を含め国や地域によってはBATではなくBAP(BAT Point)と呼ばれるポイントが報酬として付与されます。BAPは仮想通貨として取引できません。
このようにBrave SoftwareはBraveブラウザと広告プラットフォームの両輪でインターネットに変革をもたらそうとしているのです。
Brave Softwareのビジネスモデル
Brave Softwareはビジネスモデルについて明示的には言及していませんが、Brave Softwareの主な収益源は広告主からの収入といるでしょう。広告収入の70%はユーザーに支払われ、残りの30%がBrave Softwareの手元に残ります。現在広告キャンペーンのための最低月間予算は2500ドル(2020年5月現在およそ27万円)で、2019年10月時点でBrave Softwareは400近くのキャンペーンの広告をユーザーに表示してきたとしています。
400という数字は累計で、単純計算はできませんが、Brave Softwareは最低でもこれまでに数億円規模の売り上げを上げてきたと考えられます。広告主として、Brave SoftwareはIntelやPizza Hutといった大企業の名前を挙げています。またAmazonも国や地域によっては広告を出しているようです。名だたる大企業の広告予算を考えると、Brave Softwareの売り上げは想像以上に大きいのかもしれません。ただし、これら大企業の広告獲得に成功しているのは、Brave Softwareへの期待もありますが、ブラウザ開発に長く影響力のあるポジションで関わってきたCEOのEich氏の存在が少なからずあり、他の企業が同様のモデルを構築するのは容易ではないでしょう。
広告収入以外では、BATの値上がりによる収益はどうでしょうか。同社はICOでBATの全供給量1,500,000,000 BATの3分の2の1,000,000,000 BATを売り切りました。残りの500,000,000 BATはプラットフォームの改善に寄与したユーザーのために取り置かれ、投資的に利用されるまたは利用されたとは考えにくいです。広告主は広告料を法定通貨で支払っていると考えられ、Brave Softwareはユーザーに報酬として支払うBATを確保しなければなりません。Brave SoftwareはBATの値動きに備えてある程度のリスクヘッジはしているかもしれませんが、単純に値上がりによる収益を期待しているとはわけではないでしょう。
今後と課題
Brave SoftwareはBraveブラウザの提供から始め、2019年に広告プラットフォームを完成させ、数年をかけてプロジェクトの全体像をユーザー、クリエーター、広告主に対して示しました。GitHubのロードマップによると、2020年は機能の拡充とこれまでにリリースした機能の改善に努める計画です。
Roadmap · brave/brave-browser Wiki · GitHub
Brave Browserには今後解決しなければならないいくつかの課題があります。まずはどのようにして広告主を獲得するかです。大企業を広告主として獲得しているとはいえ、GoogleやFacebookが支配する広告市場を切り崩すのは容易ではありません。広告主が出稿したいと思えるフェアなプラットフォームを作り、広告を提示するためにもより多くのBraveブラウザユーザーを獲得する必要があります。
また、BATトークンを循環させるには、Braveブラウザユーザーが広告ブロックの恩恵を受け、Brave AdからBATを稼げるというだけでなく、主体的にコンテンツクリエーターを支援するように後押しする必要もあります。この点は、コンテンツにどのくらい注目したかに応じて自動支援する仕組みがありますが、BATを法定通貨や他の仮想通貨に変えられると知り、どのくらいのユーザーがトークンを支援にまわすかは今後注目すべき点です。長い間無料のサービスやコンテンツの恩恵を当たり前に享受してきた私たちの意識を変える、または他者を支援したいと思わせる仕掛けを作るのは簡単ではないからです。
しかし、問題はこれだけにとどまりません。サイトにおける広告媒体としての機能を奪うということは、その収益源を崩すことになります。また、アップルのSafariでも広告をブロックするフィルターを追加する機能がリリースされしばらく経っており、各社がこの状況を指を加えて見ているとも考えにくく、逆に広告をブロックするBraveブラウザなどに対して、既存のプレイヤーが機能を制限してくる可能性すらあります。
さらに、現実的でかつ重要な問題として法規制があります。Brave Softwareは慎重な対応をとろうとしていて、日本を含め国や地域によってはBATではなくBAPという換金できないポイントをユーザーに報酬として付与しています。一応クリエイターへの投げ銭機能は持っていますが、ポイントをものに変えることは2020年5月現在はできませんが、今後ものの購入に使える様になるとのことです。このような二面性はLINEのトークンエコノミーにも見られ、法規制を慎重に遵守する姿勢は評価できますが、今後Braveブラウザを中心とした仕組みをより魅力的なものにし、世界中のユーザーがBraveブラウザを使うように動機付けするためにはBAPでは難しいかもしれません。ブラウジングでお金がもらえることを期待してBraveブラウザをダウンロードしても、BAPでは満足できずこれまで使っていたブラウザに戻ってしまうという人もいるでしょう。数年に渡って使ってきたブラウザの乗り換えコストは少なくないのです。
おわりに
本記事では、高速かつ安全なブラウジングを実現し、ユーザーはもとよりコンテンツクリエーターや広告主にも魅力のあるプラットフォームを提供しようとするBrave Softwareの取り組みを解説しました。
インターネット上の無料のサービスやコンテンツに多くの人が慣れている現状ではBrave Softwareの構想は少し想像しにくく、「仮想通貨 x ブラウザ」と聞いて一歩引いてしまう人や、ブラウザを変えるほどのメリットを感じない人もいるかもしれませんが、ブラウザ開発の一線で戦ってきたCEO Eich氏が率いるBrave Softwareが開発している点ではBraveブラウザはひじょうに興味深いものです。日本ではBATでなくBAPが付与されますが、エンドユーザー目線では動画配信サービスにて広告が表示されないというだけでも使ってみる価値を感じるかもしれません。付与されたBAPは仮想通貨としては使えないため、投げ銭などの支援にまわすことになりますが、ウェブサイトを支援するというのは今までにない興味深い体験になるでしょう。
多くの人がBraveブラウザを使い、ウェブサイトやクリエーターを支援し始めることで、これまでのインターネットはまったく異なる、ユーザー同士が支援し合う形に進化するのかもしれません。そのようなインターネットの未来をBrave Softwareが示すことになるのか、Brave SoftwareのBraveブラウザを中心とした取り組みは注目が集まっていくでしょう。