ブロックチェーンを利用してこれまで国家が担ってきたサービスを提供し、地理的な制約のない新しい国家の形を提案するBitnationを紹介します。
Bitnationとは
「日本」と聞いて「アジアの東の端にある日本列島や島々」と地理的に国をイメージする人は少なくないと思います。実際、領土を含む領域は国家の要件のひとつで、現状の国家は領域と強く結びつき、そのサービスの多くはその国の国民やその国に住んでいる人を対象に提供されます。これに対して、Bitnationはブロックチェーンを使って分散型の国境を越えたバーチャルな国家を作れるようにしようという野心的なプロジェクトです。
Bitnationをスタートさせたスザンネ・ターコウスキ・テンペルホーフ氏はポーランド人の父とフランス人の母のもと移民2世としてスウェーデンで育ちました。父に10年間市民権がなかったことが、国家とは何か、市民権とは何か、なぜ地理的にひとつの政府にしばられるのか最初に考えるきっかけとなったといいます。テンペルホーフ氏はアメリカ軍との契約のもとアフガニスタンで4年間働き、北アフリカ・中東に広がりをみせた民主化運動アラブの春の際にはリビアとエジプトに滞在し、欧米の価値観に基づいた国家の介入が失敗に終わる一方で、ローカルなコミュニティーが独自のやり方で統治を成功させていくのを目の当たりにしました。そしてビットコインが広く知られるようになると、ビットコインとその背後にあるブロックチェーンの自律的な分散型システムに惚れ込んだといいます。既存の国家のあり方を変えようとするのではなく、ブロックチェーンを使って新しく国家を作ればよいという思想のもと、2014年7月にBitnationを立ち上げました(Bitnation立ち上げの背景や根底にある思想についてはRT Deutschのインタビューが参考になります)。
Bitnationはこれまでにブロックチェーンを利用して婚姻、出生証明、難民のための緊急のIDを実験的に発行し、2015年にはエストニアのe-Residencyプログラムと共同で公証サービスを構築、2016年にはイーサリアムブロックチェーンベースのシステムをリリースしました。2017年には難民のためのID発行プロジェクトが評価され、ユネスコのNetexplo Awardを受賞しました。
現在Bitnationのユーザーは1万人を超え、これまでに5000件以上の契約が公証サービスにより証明されたといいます。Bitnationには以下のページから誰もが市民として登録できます。
Bitnationではブロックチェーン上に文書を記録する公証サービスや世界市民IDを発給するサービスが提供されているほか、教育、宇宙開発といったプロジェクトが公開されています。
国家のサービスを代替するブロックチェーン
「ブロックチェーンを利用して国家のサービスを提供する」と聞くとまだ革新的な考えのようにも聞こえるかもしれませんが、実際、先にふれたエストニアでは現実のものとなっています。エストニアのe-Residencyプログラムは世界市民のための国境のないデジタル社会を作るとし、エストニア国民に限らず誰もがIDを申請できます。IDの保有者はオンラインでの会社設立、ビジネスのための銀行口座の開設といったサービスを受けられます。
パスポートなど身分を証明するIDは国家が発行するのが一般的ですが、BitnationはIDのない難民に対して出身国に関係なくIDを発行しています。このIDは保有者の家族によって確認され、ブロックチェーンを利用して信頼に基づくIDのネットワークを構築するものです。IDとあわせて銀行口座不要のビットコイン支払いカードも提供されました。
このようにエストニアやBitnationをはじめブロックチェーンを利用して、これまで国家が担ってきたIDの発行や公証といったサービスを地理的な制約や国籍にとらわれず提供する事例が出てきています。サービス提供者側にも自動化によってコストを削減しつつ改ざんの可能性が限りなくゼロに近い透明性の高いサービスを提供できるというメリットがあります。
続いてBitnationがどのようにブロックチェーンを利用しているか見てみましょう。
Bitnationとブロックチェーン
Bitnationの背後にはPangeaと呼ばれるシステムがあります。BitnationのユーザーはまずPangeaの市民となり、他のユーザーと契約と結び、論争を解決し、さらに自身が選んだ国家からサービスを受けることができます。はじめて聞くとBitnationとPangeaの関係が理解しにくいかもしれませんが、BitnationにはPangeaが基盤としてあり、国家を立ち上げたい人はPangea上に国家を立ち上げ、国民になりたいという人たちにサービスを提供していくイメージで、Pangeaは「分散型国家のためのプラットフォーム」と考えるとよいでしょう。
PangeaはPanthalassaという独自のメッシュネットワークを持ち、データは分散ファイルシステムIPFSに保存します。Panthalassaはスマートコントラクトを書き込み、実行する環境としてイーサリアムブロックチェーンを利用しています。現行のPangeaバージョン0.3ではイーサリアムブロックチェーンを使っていますが、スマートコントラクトが実行できるブロックチェーンであればブロックチェーンを問わないとし、ホワイトペーパーでは将来的な候補としてTezos、EOS、さらにブロックチェーンの先のテクノロジーとしてTangle、Bitlatticeの利用も例に挙げています。
外部の開発者に向けてはAPIが公開され、APIの用途として婚姻、土地の所有権、遺言、P2P保険といったアプリケーションの例が挙げられています。
画像: Pangeaのシステム全体像(Bitnationホワイトペーパーより)
近々リリース予定のモバイル向けのインターフェイスではユーザー同士がチャットベースでP2Pの契約を結べるようになり、ホワイトペーパーには「スマートコントラクトをチャット内でエモティコンを使って書く」とあり、どのような実装になるかも見物です。
画像: PangeaにおけるP2Pでの契約締結のプロセス(Bitnationホワイトペーパーより)
BitnationはPangeaやPahthalassaのコンセプトを説明したホワイトペーパーをGitHubで公開しています。
今後の展望
Bitnationは2017年上半期にPangeaでサービスを利用する際に使われるトークンPAT(Pangea Arbitration Token、Pangea仲裁トークン)、およびユーザーの評判を表す交換不可能なサブトークンの設計を終えたとし、2017年下半期にはトークンセールが始まりました。また、サービスとしては現在モックアップが公開されているチャットによるコミュニケーションを主体としたモバイル向けのインターフェイス、システム内部でトークンの配分を行うエージェントのリリースなどが予定されています。
昨年はイギリスのEU脱退がニュースとなり、最近ではスペインのカタルーニャ地方の住民投票で独立が支持されました。日本では幸いなことに国や地域を障壁と感じることはあまりなく、分散型のバーチャル国家を構築するなどというと小説の中の出来事のようではありますが、Bitnationにおける国家とは、国籍に関係なく同じ目的や興味を共有する人たちが集まるオープンソースプロジェクトのようなコミュニティーなものなのかもしれません。
トークンセール、新機能のリリースを経てBitnationの利用が広まるか、どのような国家が構築されていくのか注目したいところです。