芸術品についてビットコインのブロックチェーンに記録し、どのようにインターネット上で共有されているか、どのように所有されてきたのか来歴を管理するascribeについて紹介します。
ascribeとは
インターネットやソーシャルメディアの普及によって、クリエーターの作品が簡単かつ気軽にインターネット上で共有されるようになりました。作品が人の目にふれる機会が増える一方で、誰の作品で誰が所有するものなのか記載が不明確である、さらにクリエーターが適切な対価を得られないといった問題も明らかになってきました。
このような状況で「デジタルな知的財産のクリエーターが報いられるには?」「ビットコインを所有するようにデジタルアートを所有できるようにするには?」という問いから、ブロックチェーンを利用して作品を登録・管理するascribeの開発が2013年にはじまりました。2014年には同名のスタートアップascribeがドイツの首都ベルリンで設立され、2015年に200万ドル(当時のレートで約2億5千万円)の投資を受けました。
ascribeは「デジタルな作品のコピーは避けられない」とし、作品に電子透かしを埋め込んだりコピーガードをほどこしたりする従来のデジタル著作権管理(DRM)とは異なる「インターネットにクリエーターのための所有権のレイヤーを構築する」というアプローチをとっています。ascribeのウェブサイトでは作品を登録し、所有者は所有権を移転、委託、貸し出しすることができ、これらの経緯はブロックチェーン上に記録されます。ascribeはインターネット上の140億の画像をトラックしていて、ascribeに登録された作品はインターネット上のどこに拡散しようともその作者による作品であることが保証され、コレクターは作品に対する権利を明確にできるようになるといいます。ascribeにはこれまでに2500人を超えるクリエーターにより、4000以上の作品が登録されました。
ascribeがブログで紹介している写真家のElla Frost氏の作品「Coacts」を例にascribeのサービスをみてみましょう。
- In Getting Work by Ella Frost, We Just Ate Our Own Dog Food! | ascribe(ascribeがElla Frost氏の作品を紹介したブログ記事)
- ascribeに登録されたElla Frost氏の作品「Coacts」
ascribeはFrost氏の「Coacts」をランディングページで使用するためにascribeを使って所有権を移転しました。具体的なプロセスは、まずメールにてエディションや価格などの数字に双方で合意し、ascribeがFrost氏に対してPayPalで支払いを行ったあと、Frost氏は作品をascribeに登録の上、その所有権をascribe創業者のひとりTrent McConaghy氏に移転しています。一連の所有権の処理は作品のページの「Provenance/Ownership History」(来歴 / 所有権の履歴)で確認できます。
ascribeはクリエーターのほか、マーケットプレイスや美術館にも利用されています。たとえばMAK Vienna(オーストリア応用美術館)はascribeに登録されたHarm van den Dorpel氏の作品を、同時に貸し出すことを想定して20エディション購入しました。このような美術館を巻き込んだサービス展開には、創業者のひとりMaria McConaghy氏のルーブル美術館を含むキュレーター、研究者としてのキャリアが強みを発揮しているようです。
続いてascribeがどのようにブロックチェーンを利用しているのかみてみましょう。
ブロックチェーンの使い方
ascribeはビットコインのブロックチェーンにオーバーレイする形でSPOOL(Secure Public Online Ownership Ledger)プロトコルという作品の所有権を管理する独自のプロトコルを定義し、作品の来歴をビットコインのブロックチェーン上に記録しています。
SPOOLの位置づけ(画像:SPOOL解説スライドより、赤枠は著者追記)
作品の登録に際しては下図のように、ascribeのウォレットから、タイトルや作品データなど作品を定義する情報のハッシュで表されるビットコインアドレス、作品の各エディションを表すビットコインアドレスへトランザクションが発行され、作品とユーザーが関連付けされた状態で、ビットコインのブロックチェーンに書き込まれます。画像などの作品データはascribeのクラウドストレージに保存されます。
画像:作品の登録処理(SPOOLプロトコルの仕様書より)
作品の所有権の移転に際しては下図のように、旧所有者の当該作品のビットコインアドレスから、新所有者の当該作品のビットコインアドレスへトランザクションが発行され、所有権が移転されたことがビットコインのブロックチェーンに記載されます。
画像:作品の所有権の移転処理(SPOOLプロトコルの仕様書より)
ascribeの概要を解説したホワイトペーパーはascribe上で、SPOOLプロトコルの仕様はgithubで公開されています。
- ascribeのホワイトペーパー (画面左側の「.pdf」の右下にある「Download .pdf」のボタンを押すと閲覧できます)
- GitHub – ascribe/spool: Secure Public Online Ownership Ledger
ここまでascribeがどのようにブロックチェーンを利用しているか説明しましたが、サービスのリリースを経てビットコインのブロックチェーンのスケーラビリティーでは理想的な処理能力を達成できないことが明らかになり、創業者のひとりTrent McConaghy氏はascribeを離れ、ascribeの開発から得られた知見をもとに汎用なデータストアBigchainDBの開発に取り組んでいます。インターフェイスを見る限りascribeは依然ビットコインのブロックチェーンを利用しているようですが、ウェブサイトには「Powered by BigchainDB」とあり、今後BigchainDBを利用したシステムに更新される可能性もあります。
※ BigchainDBについては本ブログの「スケーラブルな分散型ブロックチェーンデータベースBigchainDB」を参照してください。
今後の展望
2015年の盛り上がりから開発、ビジネスのペースともにスローダウンしている感の否めないascribeですが、ホワイトペーパーでは今後、視覚芸術にとどまらないアート全般、3Dデザイン、さらには知的財産に対象を広げ、複雑なライセンシングにも取り組むとしています。
ascribeはブロックチェーンを利用してある時点で誰が対象を保有していたかを記録し管理するという点では本ブログで紹介した公証サービスと近く、希少な対象を管理するという点では対象のコピーの可否の違いはあるもののダイヤモンドの台帳Everledgerとも共通点のあるプロジェクトと言えます。このような金融以外の分野でブロックチェーンを利用するサービスの動向とあわせて、BigchainDBの利用も含めascribeの今後に注目したいところです。