Arbitrumとは
2021年6月現在、5月の大幅な仮想通貨価格の下落を経て、Ethereumネットワークは混雑しておらず、手数料(ガス代)の高騰はおさまっていますが、2017年末の仮想通貨バブル、2020年夏のDeFiブーム、最近では2020年末から仮想通貨やNFTが注目を集めると、Ethereumネットワークは混雑し、ガス代は信じられないほどに高騰しました。
Ethereumのスケーリングソリューションには古くから期待が寄せられ、Offchain Labsが開発しているArbitrumもそのひとつです。正確には「Arbitrum」とは、さまざまなスケーリングソリューションをたばねたソリューションのことです。
Arbitrumの開発を手がけるOffchain Labsは2018年創業のスタートアップで、アメリカのニュージャージー州プリンストンに拠点を置いています。2019年4月にPantera Capitalをリードインベスターとして、Coinbase Venturesを含め370万ドルの出資を受けました(2021年6月執筆時点のレートで4億円ほど)。
Offchain Labsの共同創業者はプリンストン大学のコンピューターサイエンス分野でつながる3名で、Steven Goldfeder氏(CEO)、同大学のEdward W. Felten教授(Chief Science Officer)、Harry Kalodner氏です。プリンストン大学の講義を書籍化した『仮想通貨の教科書』(原題:Bitcoin and Cryptocurrency Technologies)の著者として、Goldfeder氏、Felten教授の名前を見聞きしたことがあるという人もいるかもしれません。
画像: Offchain Labsの共同創業者(Offchain Labsのプレスキットより)
Arbitrumは2020年10月にテストネットを、2021年5月にはメインネットのベータ版ArbitrumOneを開発者向けに公開しました。ArbitrumOneはArbitrumの技術を使って構築されたEthereumのレイヤー2チェーンです。250を超えるプロジェクトがベータ版へのアクセスを希望し、プロジェクトのオンボーディングと、メインネットでのテストが行われています。
ベータ版のフェーズの数ヶ月間はシステムをアップグレードしたり、停止したりする機能を維持し、パフォーマンスや機能の調整が行われます。運営がネットワークをコントロールできる機能は夏の終わりまでに廃止され、完全な分散化に向けて議論が進められる計画です。
ArbitrumOneはEthereumより高い処理能力を実現し、送金トランザクションであれば1秒間に最大4500トランザクションを処理できます。ArbitrumOne上での処理の手数料はETHで支払われ、メインネットのベータ版リリース時のブログ記事によると、多くの処理でガス代を50分の1までに減らします。2021年6月本記事執筆時点ではArbitrumの独自トークンはなく、OffchainLabsは偽トークンに騙されないように警告しています。
画像: 偽トークンにだまされないように警告するArbitrumのツイート
Arbitrumは、Rollupと呼ばれる手法で、高い処理能力と安いガス代を実現しています。続いてArbitrum OneとArbitrum Rollupの仕組みを見てみましょう。
Arbitrum OneとArbitrum Rollup
Arbitrum OneはEVM (Ethereum Virtual Machine)に完全に対応していて、開発者はEthereumネットワークにスマートコントラクトをデプロイするように、SolidityやVyper、Yulで書かれたスマートコントラクトをArbitrum Oneにデプロイし実行できます。エンドユーザーはEthereumのメインネットとArbitrum Oneの間で資金を出し入れする必要はありますが、それ以外の点ではEthereum上の分散型アプリケーションとほぼ同じ操作で使えます。
セカンドレイヤーチェーン(L2チェーン)のArbitrum One上の処理は、Optimistic Rollupの一実装であるArbitrum Rollupという手法でEthereumブロックチェーン上に書き込まれ、検証が行われます。ethereum.orgのRollupについて説明した記事にOptimistic Rollupの概要を示した図があります。RollupチェーンをArbitrumOneと読み替えると、ArbitrumOneとArbitrum Rollupについて直観的に理解しやすくなるはずです。
画像: Optimistic Rollupの概要(ethereum.orgの解説記事より)
Rollup一般(Optimistic Rollup、Arbitrum Rollup)については、Rollupの基礎を解説したOffchain Labsの開発者向けのドキュメントがわかりやすいので、これをもとに見ていきましょう。
Arbitrum Rollup Basics · Offchain Labs Dev Center
Fraud proof
一般にRollupでは、トランザクションはEthereumメインチェーンに書き込まれますが、スマートコントラクトによる計算やデータの保存はオフチェーン、つまりArbitrumの場合はArbitrum One上で行われます。スマートコントラクトの実行内容と実行後の状態はバリデータが担保(ボンド)と共に主張(アサーション)する形でEthereumメインチェーンに書き込みます。
Optimistic Rollupの”optimistic”は英語で「楽観的な」という意味の形容詞で、アサーションの有効性は書き込み時には保証されません。Ethereumメインチェーンに書き込まれた後、チャレンジ期間と呼ばれる、誰でもチャレンジャーとして担保を積んで異議を申し立てることができる期間が設けられています。この期間内に、Ethereumメインチェーンに書き込まれたアサーションに誤りがあると考えられる場合、虚偽のアサーションを申し立てた人の担保は没収されます。没収された担保の一部は異議を唱えた人に送られ、残りはバーンされます。
このように、全ての取引をEthereumメインチェーンに書き込み、後から一定期間を設けて取引の検証を行う証明方式を「Fraud proof」と呼びます。
Arbitrum Oneではチャレンジ期間があるため、特にArbitrum One(L2)からEthereumネットワーク(L1)への資金の引き出しには時間がかかると考えられますが、流動性提供者によるブリッジや、HTLCを利用したL1とL2でのアトミックスワップなど出金時の遅延をなくす方法も考えられています。
L1 Finality and Fast Withdrawals
Offchain Labsによると、他のOptimistic Rollupに対するArbitrum Rollupの優位点は、Ethereumブロックチェーン上に書き込むデータが少ないこと、任意のスマートコントラクトをサポートすること、すべてのEthereumの開発者向けツールで動作することにあります。
Arbitrum Rollupのプロトコルについて詳しくは下の開発者向けのドキュメントに解説があります。
Arbitrum Rollup Protocol · Offchain Labs Dev Center
Arbitrumのエコシステム
2021年6月本記事執筆時点では、Arbitrum Oneはメインネットのベータ版が開発者向けにローンチしたばかりで、現在プロジェクトのオンボーディングが行われています。一般のユーザーはまだ利用できませんが、有名プロジェクトがArbitrum Oneでのサービスローンチを発表しています。
大きなニュースとしては、DeFiの代表的なサービスでAMM型の分散型取引所の先駆けとして知られるUniswapがコミュニティの投票に基づいてArbitrum One上にデプロイされました。
画像: ArbitrumOneへのデプロイを知らせるUniswapのツイート
同じくAMMとして知られるDODOもArbitrum上での展開をブログで発表しています。また、分散型オラクルネットワークのChainlinkは、Arbitrum Oneのローンチ時に、Chainlinkが統合されるであろうことをツイートしています。
Arbitrumの発表によると、Arbitrum Oneのベータ版へのアクセスを希望したプロジェクトは250以上にのぼります。メインネットの利用は表明していないものの、テストネットを利用していたプロジェクトもあります。今後Arbitrum One上でのローンチを発表するプロジェクトが増え、ユーザーにArbitrum Oneが解放されたあかつきには、DeFiを中心に楽しく遊べるエコシステムができていることを期待したいです。
おわりに
本記事ではEthereumのレイヤー2ソリューションとして、メインネットのローンチとともに注目が集まるArbitrumについて解説しました。Ethereumのスケーリング問題を解決する可能性のあるArbitrumですが、Rollupを実装する他のレイヤー2の競合プロジェクトも少なくありません。今後Arbitrumが分散化を進め、どのように開発者とユーザーをひきつけて魅力的なエコシステムを作っていくのか、さらには乱立するレイヤー2ネットワークが淘汰されていくのか、それともつながっていくのかにも注目したいところです。
Edited by Yosuke Aramaki