Filecoinとは
Filecoinは、IPFSなどを開発するアメリカのProtocol Labsが中心となり、オープンソースで開発が進められている分散型のファイルシステムです。
A decentralized storage network for humanity’s most important information | Filecoin
Protocol Labsは2014年にCEOのJuan Benet氏によって創業されました。2014年というと、Bitcoinの誕生からは5年、EthereumのPoC(Proof of Concept、概念実証)が発表された年で、ブロックチェーンの黎明期ともいえる時期です。このような時期にProtocol LabsはすでにFilecoinプロトコルの最初のバージョンも発表していました。
2017年には、ICOで200億円を超える巨額の資金を集め、アドバイザーセールではウィンクルボス兄弟のWinklevoss Capital、Andreesen Horowitzといった著名なベンチャーキャピタルや投資家からも資金を調達しました。その後の仮想通貨ブームと、続く低迷期にも開発が続けられ、2020年10月にFilecoinのメインネットがリリースされました。
Filecoinのユーザーは、同名の仮想通貨Filecoin(FIL)を支払い、ネットワークにファイルを保存します。Filecoinのネットワークとのやりとりには、Filecoinネットワーク上に作られたストレージシステムのSlateやコマンドラインスイートLotusを使います。Filecoinにはマイナーと呼ばれる参加者がいて、ファイルを保存するストレージスペースを提供し、Filecoinを獲得します。Filecoinのネットワークには、ウェブサイトや分散型アプリのデータ、写真や動画などのファイルを保存できるのはもちろん、暗号化されたプライベートなデータを保存することもできます。
画像: ファイルコインのユースケース(Filecoinウェブサイトより)
2020年10月のリリース直後からBinanceをはじめ、さまざまな取引所がFilecoinを取り扱っています。
画像: Filecoinを扱う取引所(CoinmarketCapより)
ここまでで、なぜProtocol LabsがIPFSとFilecoinふたつの分散型ファイルシステムを開発しているのか疑問に思った人もいるかもしれません。まず、IPFSについて概要、Filecoinとの関係を説明します。
IPFSとFilecoin
次世代のインターネットを表す「Web3」という用語があります。Web3は、アプリケーションやプラットフォームはブロックチェーン技術などで分散化され、取引はP2Pで行われ、ユーザーが自らデータを管理できるインターネットを目指しています。
Web3では、データを保存する場所として、ブロックチェーンをはじめとする台帳技術と合わせて、ファイルの保存先となる分散型ファイルシステムが重要になります。分散型のファイルシステムの有力候補としてIPFSがあり、本ブログでも詳しく解説しました。
「IPFS」分散型ファイルシステム – Blockchain Biz【Gaiax】
現在主流のウェブサービスでは、ウェブサーバーがコンテンツを保持し、コンテンツがほしい人は、ブラウザでコンテンツのある場所を表すURLを指定してコンテンツをリクエストします(ロケーション指向型)。一方、IPFSではコンテンツを変換して得られるハッシュがコンテンツのIDとして割り振られ、このIDでコンテンツにアクセスします(コンテンツ指向型)。コンテンツはネットワークのどこにいくつあっても構いません。
IPFSでは、コンテンツに対してアクセスするので、特定のサーバーへの依存度が減ります。これによって、サーバーにアクセスが集中してリクエストを処理しきれなくなる、ダウンしてしまうといった事態が起きにくくなります。検閲や悪意を持った攻撃に対する耐性も高くなるでしょう。また、コンテンツとハッシュ値が結びついていることから、コンテンツの改竄を検知できます。
本ブログで過去に事例として紹介した分散型アプリケーションの中にもOpenBazaarやSteemit(現Hive)など、IPFSを使ったものがあります。これまでIPFSは分散型アプリケーションで利用されることがほとんどでしたが、近年Netflixといった大企業も実験的にIPFSの利用を始めています。
魅力の多いIPFSですが、ノードにはファイルを保持するインセンティブがない、ノードが誤ってファイルを消してしまう可能性がある、ファイルの検証が行われないといった問題があります。また、pinningしないと一定期間アクセスのないファイルは消えてしまう可能性があります。
Filecoinは、独自のブロックチェーンと仮想通貨を導入してIPFSの課題を解決しようというものです。IPFSとFilecoinは相対するもの、無料版と有料版といった位置付けではなく、相補的なものだとFilecoinのドキュメントで説明されています。実際、IPFSとFilecoinは、データフォーマットやプロトコルなど共有している構成要素があり、実装としてすべてのFilecoinのノードはIPFSのノードです。
IPFS and Filecoin | Filecoin Docs
同ドキュメントでは、IPFSをデータを迅速に取得・配布するためのホットストレージ、Filecoinを大きなデータを安全に長期保存するコールドストレージと例えていて、用途によっては、Filecoinのネットワークにデータをバックアップしておいて、同じデータをIPFSのネットワークで配布するといった具合に併用してもよいとしています。
Filecoinとブロックチェーン
Filecoinは独自のブロックチェーンとネイティブ通貨FILを持っています。
ストレージを提供するマイナーと呼ばれる参加者は、ファイルを保持することで、依頼者のユーザーからFILを受け取ります。ブロックチェーンにはFILの送受信の履歴とマイナーが契約通りに正しくファイルを保存していることの証明が記録されます。ブロックの生成者は、一定の間隔でネットワークの参加者の中から選ばれ、ブロックをブロックチェーンにつなぎ、ブロック報酬としてFILを受け取ります。ブロック生成者になる確率はネットワークに提供するストレージの量に比例します。
画像:Filecoinの仕組み(Filecoinのドキュメントより)
マイナーが契約通りに正しくファイルを保存しているかは、「ファイルが指定のストレージスペースに存在するか」「そのデータが指定の期間継続的に保持されていたか」という二つの点から証明され、それぞれProof of Replication、Proof of Spacetimeと呼ばれます。
Proof of Replicationでは、マイナーは受けとったデータを自身の公開鍵と関連づけて保存し、そのハッシュをブロックチェーンに記録します。Proof of Spacetimeでは、ランダムに選ばれたマイナーがランダムに選ばれたストレージについて、申告通りデータが保存されているか定期的に検証します。
画像: Proof of ReplicationとProof of Spacetimeによる検証(Filecoinのブログ記事より)
適切に稼働していないマイナーや、ブロッックチェーンの合意形成に寄与しないマイナーにはペナルティーが課されます。マイナーはウォレットに一定量のFILをステークしておく必要があり、このステークからペナルティーが差し引かれます。
Filecoinの課題
Filecoinは、分散型アプリケーションに支持されるIPFSを開発するProtocol Labsのプロジェクトで、さらにIPFSの抱えるインセンティブの問題を解決する可能性があり、Web3の構成要素として期待したいプロジェクトですが、課題も少なくありません。
Filecoinのコミュニティーが作ったエクスプローラで、トップのマイナーを見てみると、偏りがあることがわかります。エクスプローラは複数あり、マイナーのランキングに違いはあるものの、トップ10のマイナーの多くは中国やシンガポールのマイナーです。
画像: Filecoinのマイナーのランキング(FilecoinエクスプローラFILFOXより)
特定の国や地域、特にネットワークが遮断される恐れのある地域にマイナーが偏ると、分散型ファイルシステムの対障害性や対検閲性といった恩恵を受けにくくなります。
2020年11月本記事執筆時点で、アクティブなマイナーの数は700マイナー弱、Filecoinが提供するストレージサイズは967 PiBです。Filecoinによると、テストフェーズで集まったストレージは325PiBで、これは高画質の映画9000万本分、Wikipediaのコピー1400個分、これまでに全ての言語で書かれたものの7倍にあたるといいます。その3倍近いストレージが現在提供され、容量としては当面十分だと考えられますが、ノードの数は十分とは限りません。ノードの数が少なく、偏りがあると、先に触れた対障害性や対検閲性の面で問題が生じるだけでなく、Filecoinが特徴の一つとして挙げている価格競争が起きにくくなる可能性もあります。
さらに、メインネットのリリースには混乱を伴ったことも知っておく必要があるでしょう。FILには当初さまざまな条件のもと権利確定期間が設定されていたことから流動性が乏しく、マイナーは高利でFILを借りていました。このような状況で、マイナーからの要求を受けて、Protocol LabsはFILの権利確定期間やブロック報酬に変更を加えました。マイナーあってのネットワークではありますが、分散型のネットワークで中央集権的な運営者によって意思決定が行われたことには少なからず疑問が残ります。
また、FILの流動性が改善されても、国内の取引所ではFILの扱いがないため、国内の企業がFILをステークしてマイニングに参加したり、個人がFILを購入してFilecoinにファイルを保存したりするのは容易ではありません。
おわりに
2014年の発表、2017年の大型ICOを経て、Filecoinのメインネットがリリースされました。IPFSやStorjといった分散型ファイルシステムの利用が広がる中で、FilecoinはIPFSを補完するサービスとなるのでしょうか。マイナーや運営方法の分散度合いに未だ課題は残りますが、Web3のストレージを担う可能性のあるサービスとして、今後の動向に注目したいところです。