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ChatGPTが話題になる中、開発元のOpenAIやその創業者でCEOのSam Altman氏について耳にしたことがあるという人もいるかもしれません。Altman氏が来日して岸田総理と面会したといったニュースもありました。本記事では同氏が2019年から進めている暗号通貨プロジェクトWorldcoinを紹介します。
※ 同プロジェクトが個人を識別するためにスキャンする虹彩は重要な情報です。本記事は投資や個人情報の提供を勧めるものではありません。

 

Sam Altman氏と関連組織

Worldcoinについて説明を始める前に、まずはWorldcoinとともに名前のSam Altman氏と関連組織について整理しておきましょう。

Altman氏はChatGPTやOpenAIでその存在が広く知られることになりましたが、19歳で起業したLooptは広く利用されることはなかったものの、数十億円規模の投資を集めて買収され、その後はスタートアップインキュベータープログラムの先駆けとして知られるY!Combinatorの創業者Paul Grahamの指名で同社のトップを務めました。2015年にOpenAIが設立されると、TeslaのEron Musk氏とともに初期のボードメンバーとして参加し、2010年代の終わりにはY!Combinatorから退き、現在はOpenAIのCEOを務めています。

Sam Altman – Wikipedia

OpenAIと並行して、Altman氏は、2019年にAlex Blania氏と共同でTools for Humanity(TFH)を創業しました。Tools for HumanityでのAltman氏の役職は共同創業者・チェアマンです。CEOはBlania氏が務めています。

Tools for Humanityのウェブサイトには「公正な経済システムの構築を目指す技術企業」で、現在はWorldcoinのツールの開発を行っていると説明があります。具体的には、人の目の瞳孔のまわりにある虹彩で個人を識別し、個人に対してWorldcoinのトークンWLDを配布するというものです。

このため、Worldcoinは「Sam Altman氏の暗号通貨プロジェクト」といった説明がされることがありますが、実際には、Worldcoinの創業者はTools for Humanityの共同創業者兼CEOのAlex Blaniaになっています。

また、Worldcoin FAQ “Who owns Worldcoin?” によると、プロジェクト初期の管理者としてWorldcoin Foundationが存在し、徐々に分散化が進められていくとあります。

 

Worldcoinとは

Worldcoinは2019年に始まったプロジェクトで、Worldcoinの説明では「世界最大のIDと金融ネットワークの構築」を進めています。加えて、このIDとネットワークを利用してベーシックインカムとしてプロジェクトのトークンWLDを配布する計画です。

Sam Altman氏が関わっていることもあってか、企業情報を扱うcrunchbaseによると、Andreessen Horowitzなどから125百万ドル(2023年6月下旬のレートで180億円弱)の出資を受け、さらに2023年5月には、Blockchain Capitalが率いるシリーズCラウンドで115百万ドルの出資を受けたことが報道されました。

Worldcoinの拠点は、偶然にも以前本ブログで紹介したベーシックインカムプロジェクトCirclesと同じく、ドイツの首都ベルリンにあります。
※ Circlesについて詳しくは本ブログの記事「Circles – ブロックチェーンベースのコミュニティーベーシックインカム」を参考にしてください。

Worldcoinのウェブサイトに記載されているわけではありませんが、「AIの生み出す巨額の利益をユニバーサルベーシックインカムとして公平に還元できるのではないか」という考えがWorldcoinの関係者によって語られることがあります。また、AIによる情報が生成される中で、誰がボットなのか、誰が人なのか、見分ける術の重要性が指摘されることもあります。

Worldcoinを利用したいという人は、オーブと呼ばれるデバイスを持つオペレータと接触し、虹彩をスキャンし、IDを作成します。オーブを持ったチームが各国の街頭で新規ユーザーを獲得しているようです。

画像: 街頭でオーブで光彩をスキャンする様子(Worldcoinブログ記事より)

Worldcoinによると、2023年6月時点のサインアップ数は190万人以上、Word Appと呼ばれるWorldcoinのモバイルアプリのアクティブユーザーは、2023年5月時点で50万人以上いるようです。途上国に加えて、ドイツのベルリンに拠点があるためか、ヨーロッパでのサインアップもあるようです。Worldcoinはアメリカほか、規制された地域ではサービスを提供しないことを明記しています。

画像: Worldcoinのサインアップ数とその分布(Worldcoinウェブサイトより)

サインアップしたユーザーのマップで日本はマークされていませんが、Worldcoinのブログ記事では、2023年4月に開催されたETH Global東京に合わせてWorldcoinチームがオーブを携えて来日した様子と、ETH Global東京のハッカソンのWorld ID SDKを使ったプロジェクトを紹介しています。

Hackathon recap: The Worldcoin Orb visits Japan

Worldcoinは2023年6月下旬現在、ベータ版で、モバイルアプリのダウンロードとインストール、オペレータと接触してのID作成はできますが、暗号通貨WLDはまだ取引できません。FAQによると、ローンチ時には、認証済みのユーザーには25WLDが配布される予定です。WLDの価値については「いくらになるか、あるいは価値があるかどうかについては保証されいない」「大幅に値下がり・値上がりする可能性がある」とあります。

同名のWorldCoin(WDC)という暗号通貨がありますが、WorldcoinのWLDとは異なります。

Worldcoin price today, WLD to USD live price, marketcap and chart | CoinMarketCap

 

Worldcoinのしくみ

Worldcoinのブログ記事によると、WorldcoinはEthereumメインネットとレイヤー2ネットワークOptimismを利用しています。

ID作成のプロセスは次のとおりです。ユーザーはWorldcoinのモバイルアプリで公開鍵と秘密鍵のペアを作成します。オーブがユーザーの光彩をスキャンしてハッシュ化しアイリスコードを生成し、ユーザーのモバイルアプリによってハッシュ化された公開鍵とともに、サインアップを扱うノードに送信します。ノードは重複がないかチェックし、WorldcoinのIDを作成します(スキャンした画像はデフォルトでは消去されます)。

ユーザーが本人であることを証明するには、ゼロ知識証明が利用されます。何らかのサービスにWorld IDでログインする場合には、そのサービスが表示するQRコードをモバイルアプリでスキャンし、ユーザーのモバイルアプリがゼロ知識証明を作成し、送信します。サービス側はAPIまたはオンチェーンで証明を検証できます。

画像: World IDによるログイン
(画面中央がサービス側、右側がモバイルアプリ画面。WorldcoinのYouTube動画より)

WLDをベーシックインカムとして請求する際には、モバイルアプリはウォレットアドレスとゼロ知識証明を作り、検証ノードに送信します。検証ノードは、受け取った証明からこのユーザーがすでに認証を終えているユーザーか検証し、当該アドレスにWLDが配布されます。ゼロ知識証明を利用することで、ユニークな個人であるということは証明しつつも、個人情報とウォレットがリンクされません。

画像上段: サインアップ / 画像下段: WLDの請求プロセス(Wordlcoinブログ記事より)

Worldcoinのノードについては、本記事執筆時点の2023年6月下旬時点では記述を見つけられませんでした。ノードと合わせて重要なオーブのオペレーターについては、申請フォームが公開されています。インタビューを経て申請が通るとオーブのオペレーターになれるようです。

Be a Worldcoin Operator

ただし、チームを編成して、勧誘に最適な場所を探すことが推奨され、お金が稼げることが強調されているため、マルチ商法のような怪しさが感じられなくもありません。また、光彩データをスキャンされることに抵抗がある人であれば、他の人の光彩データを扱うことに抵抗があるのではないでしょうか。

少し前の情報になりますが、2021年のローンチ時のブログ記事によると、向こう3年、つまり2024年秋までに12万5千個のオーブを製造し、毎月オペレーターに分配していく計画が説明されています。

画像: オーブオペレーターの報酬モデルと拡大計画(Worldcoinブログ記事より)

 

Worldcoinの今後

WorldcoinのウェブサイトにあるFAQの質問の一つ “When does Worldcoin launch?” に対する回答では、2023年の前半にローンチ予定で、正確なローンチの日程はWorldcoin Foundationのリーダーシップによって決められるとあります。2023年5月にモバイルアプリWorld Appはリリースされたものの、本記事執筆時点の2023年6月時点では本格的なリリースの兆しはありません。

Worldcoinと直接関係するものではありませんが、Sam Altman氏が完全暗号通貨建の生命保険を提供するスタートアップに出資したと報道されています。

Sam Altman joins investors in $19 million round for crypto life insurance startup | The Block

 

おわりに

本記事ではChatGPTが注目を集めるOpenAIのCEO Sam Altman氏が関わるIDと暗号通貨のプロジェクトWorldcoinを取り上げました。

AIによる莫大な富をベーシックインカムとして分配するというと、聞こえはよいですが、現実はそこまで単純ではありません。Worldcoinがどのように途上国でユーザーを集めているかを報道したMIT Technology Reviewの記事を読んでみると、Worldcoinが物議を醸すプロジェクトであることがうかがえます。記事のタイトルを訳すと「欺瞞、搾取される人々と、タダで配られる ”お金”: ワールドコインが最初の50万人のテストユーザーを集めた方法」です。

Deception, exploited workers, and free cash: How Worldcoin recruited its first half a million test users | MIT Technology Review

私たちは日々インターネットを利用する中で、サービスを無料で利用する対価として、利便性の対価としてさまざまな情報をサービス提供者に渡しています。「虹彩情報もそんな情報の一つ」「プライバシーを気にしすぎ」と考える人もいるかもしれません。容易に書き換えのできない生体情報の取り扱いは慎重であるに越したことはありません。

また、「有名人の慈善的なプロジェクトだから」「有名大手ベンチャーキャピタルが投資しているのだから」多分大丈夫だろうと考える人もいるかもしれません。2022年に破綻したFTXのCEO Sam Bankman-Fried氏を思い出してください。特に暗号通貨の世界では何も確実なことはないのです。

野心的なプロジェクトで、危うさも感じられるWorldcoinは、今後AIがより広く認知され、暗号通貨の冬が徐々にあけていく中で「OpenAIのSam Altmanの暗号通貨プロジェクト」として良くも悪くも注目を集めることでしょう。

エンジニアの経験と情報学分野での経験を活かして、現在はドイツにてフリーランスで翻訳・技術解説に取り組む。2009年下期IPA未踏プログラム参加。2016年、本メディアでの調査の仕事をきっかけにブロックチェーンや仮想通貨、その先のトークンエコノミーに興味を持つ。

OpenAIWLDWorldCoin

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