物流業界では未だ人の手や紙の書類が介在するプロセスが多く、ブロックチェーンをはじめとする技術でワークフローをデジタル化し、効率をあげる取り組みが進められています。本記事では国内外の事例を交えて物流業界でブロックチェーンがどのように活用されているのか説明します。
物流業界でブロックチェーンが注目される背景
世界銀行のデータをもとにした大手海運企業A.P.モラー・マースク(以下マースク)の2016年の調査によると、世界の貿易コストは1.8兆ドル(2019年10月現在、日本円で約200兆円)で、プロセスの効率化によりコストの最大10%を削減できるといいます。近年世界貿易は政治情勢などにより減速傾向にありますが、それでも効率化により巨額のコストが削減できることは確かです。
国境を超えた貿易では、多くのステークホルダーが関わり、それぞれが適切な権限のもとデータにアクセスし、参照・更新できるデータベースが必要になります。さらに、貿易は絶え間なく続くため、システムには耐障害性が求められます。2017年にマースクのシステムがランサムウエアによる攻撃で10日間に渡って停止し、一社が単独で管理するシステムの危うさが知られることとなりました。また、ものが国境や地域の境界を越える時に必要な通関書類といった証明書については厳格な管理が求められます。このような状況で物流業界では、改ざん不可能な形でデータを記録し共有でき、耐障害性が高いブロックチェーンに期待が集まり利用が進んでいます。
国際物流では大手ソリューションプロバイダーや大手企業のアライアンスによる取り組みが多いですが、エリアが限定された地域内の配送といった比較的規模の小さい物流サービスではスタートアップによる取り組みも見られます。
続いて海外と国内の物流業界でのブロックチェーンの利用事例を見てみましょう。
海外の動向
物流業界でブロックチェーンを利用した取り組みとして、本ブログでも解説したマースクとIBMによる海上物流のためのプラットフォームTradeLensがあります。TradeLensはこの分野の先駆け的なプロジェクトで、TradeLensはマースクに続く海運大手や各国の港が参加していることからも有名で、世界の海洋コンテナ貨物に関するデータの半分近くを取り扱っていると言われています。さまざまな業界に通じ世界的にブロックチェーンに限らずITソリューションを提供するIBMと海運大手のマースクのリーダーシップで、物流に関わりのある企業を巻き込みながらTradeLensはシェアを広げていくことでしょう。
TradeLens | Digitizing the global supply chain and transforming trade
ブロックチェーンベースの物流プラットフォームTradeLens – Blockchain Biz【Gaiax】
大手の動きとしては、韓国のSamsung SDSも海上物流でブロックチェーンの導入を進めようとしています。Samsung SDSがソリューションのベースとするのは2017年に提供を開始した同社の企業向けブロックチェーンNexledgerです。2018年に韓国税関とのパートナーシップのもとブロックチェーンベースの通関プラットフォームの構築する計画が発表されました。
Korea Taps Samsung’s Blockchain Tech to Fight Customs Fraud – CoinDesk
Samsung SDSは韓国では官民38の組織からなるコンソーシアムを通じて海上物流システムの実装も行なっています。韓国国内でのプロジェクトを経て、Samsung SDSはオランダの三大銀行のひとつABN AMROとロッテルダム港とのパイロットプロジェクトに着手することを発表しました。
サプライチェーンという観点から物流の開発にシステムに取り組む動きもあります。IBMは2016年から世界最大のスーパーマーケットチェーンWalmartとブロックチェーンを使った実証実験に取り組み、2018年から食品業界のサプライチェーンに対するブロックチェーンベースのソリューションFoodTrustを提供しています。
※ FoodTrustや食品業界のブロックチェーン活用の動きについては本ブログの記事「ブロックチェーンと食品」で詳しく説明しています。
ブロックチェーンベースのサプライチェーンマネジメントにはスタートアップも取り組んでいます。アメリカのシリコンバレーに拠点を置くSkuchain(スキューチェーン)は、貿易とサプライチェーンのためのブロックチェーンベースのプラットフォームを提供しています。2019年には世界経済フォーラムのテクノロジーパイオニアに選ばれました。また、日本との関連では、同社は顧客としてNTTデータや三菱商事、三菱UFJフィナンシャルグループの名前を挙げています。
Skuchain: Empower my supply chain
シンガポールに拠点を置く2017年創業のPLMP Fintechはブロックチェーンに関するソリューションを提供する企業で、インドネシア一国の物流システムを同社のCreataniumブロックチェーンベースで構築しようとしています。PLMP Fintechは今後マレーシアやフィリピンといった東南アジアの国々、韓国、中国、インド、アジア太平洋地域へと範囲を広げてソリューションを提供していく計画のようです。
Indonesia | Creatanium – PLMP Fintech
中国の上海に拠点を置く2009年創業のGoose Qは道路交通と陸上輸送に特化し、世界有数の通信事業者中国聯合通信有限公司と共同で、ブロックチェーンベースのシステムで物流の効率化や中国で深刻とされている不正請求の防止を目指しています。Goose Qは85億キロを超える道路データと10億キロを超えるストリートビューデータを保持し、自社の交通情報計算エンジンで使用するほか、大手企業への提供も行っています。Goose Qは中国という巨大かつ独自のマーケットで、陸上輸送というまだソリューションが出切っていない分野を抑えている点で注目しておきたい企業です。
日本国内の動向
海外でブロックチェーンベースの物流システムが実運用に入る中、日本国内ではそれに続く形で2018年ごろから実証実験が始まりました。大手では、NTTデータが物流業界へのブロックチェーン導入に積極的に取り組んでいます。同社は2018年8月に貿易手続きの効率化に向けた実証実験を開始することを発表しました。実験の結果はまだ発表されていませんが、2019年度内に成果に基づくプラットフォームの実装が予定されています。
ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携基盤の実証事業を開始 | NTTデータ
このほか、NTTデータは前出のSkuchainと共同で、日本国内の製造業に対してブロックチェーンベースのサプライチェーンソリューションを提供すると発表しています。
NTTデータと米国Skuchain社が協業し日本の製造業向けにビジネスコラボレーションプラットフォームを展開 | NTTデータ
日本でもスタートアップが物流に取り組む動きがあります。荷物を送りたい人と荷物を配送するドライバーをマッチングするPickGoを提供するCBCloudは、2018年8月に人工知能とブロックチェーンを使った動態管理システム、イチマナを発表しました。イチマナを利用すると、車両の位置や状態といった情報をリアルタイムで共有できます。利用は無料で初期費用もかかりません。物流業界の課題解決を優先し、将来的なマネタイズを目指すとしています。北海道の札幌通運と東京の中央通運の持ち株会社ロジネットジャパンの一般貨物車両870台での導入が決定しています。
CBcloud、業界初ブロックチェーン技術を採用した動態管理サービス「イチマナ~AI動態管理~」を無料で提供開始|CBcloud株式会社のプレスリリース
人やものの移動のためのロボットを開発するZMPは、同社の宅配ロボットCarriRo Deli(キャリロデリ)の注文から配達、受け取りまでのデータをブロックチェーンに記録することを発表しました。このシステムはベータ版がリリースされていて、2019年3月には慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでデモンストレーションが行われました。
宅配ロボットCarriRo® Deliのサービスにブロックチェーン技術を活用 | 自動運転・ADAS技術のZMP 実用化で人とモノの移動を変える
画像: ブロックチェーンを活用したCarriRo Deliの配達サービスイメージ(ZMPのプレスリリースより)
おわりに
本記事では物流業界でのブロックチェーン活用の動きについて説明しました。2019年9月末、ブロックチェーンを利用したコンテナ物流の先駆者としてTEUトークンを発行し注目を集めた300cubitsがサービスを終了しました。国境をまたいだ大規模な海上物流でワークフローをデジタル化するプラットフォームについては、すでにマーケット争奪の段階は終わり、マースクとIBMによるTradeLensが他のプラットフォームよりも一歩先を行っているといってよさそうです。マーケットでの勢力図がかたまりつつある中、今後は物流システムと、FoodTrustのような各業界のサプライチェーンシステムがどのように交わっていくのかにも注目しておきたいところです。
物流業界には多くのステークホルダーが関わり、安全で安定したシステムでデータを共有したいというニーズがあります。このようなニーズに対して、今後、物流業界ではブロックチェーンがより一層活用されることになるでしょう。