StarkNetとは
StarkNetはイスラエルに拠点を置くStarkWare Industriesが開発を進めるゼロ知識証明を利用したレイヤー2スケーリングソリューションです。
StarkWare社は2018年創業のユニコーン企業で、これまでにEthereum財団からの助成金12百万ドルを含め273百万ドル(約370億円)の出資を受けました。
StarkNet自体は2021年6月にEthereumテストネットに、同年11月にメインネットにα版がリリースされた新しいEthereumレイヤー2ネットワークですが、企業としてのStarkWareはEthereumのZK-Rollupのパイオニアといえます。
StarkWareの共同創業者の一人Eli Ben-Sasson氏らはZK-STARK(Zero-Knowledge Scalable Transparent ARguments of Knowledge)を発明し、Ethereumのスケーリングテクノロジーの一つZK Rollupに大きく貢献しました。ZK-STARKは2019年にEthereumメインネット上で利用できるようになり、StarkWareのレイヤー2スケーラビリティエンジンStarkExは2020年6月からEthereumメインネット上で稼働しています。
Ethereumのレイヤー2ネットワークの情報を扱うL2BeatのTVLランキングを見てみると、StarkNetが15位にランクインしているほか、分散型取引所dYdX、ゲームNFTを扱うImmutable XなどStarkExを利用するプロジェクトが複数ランクインしています(プロジェクト名の右上にStarkWareのアイコンが表示されています)。
画像: Ethereumレイヤー2ネットワークのTVLランキング(L2Beatより)
Eli Ben-Sasson氏がZK-STARKsとStarkNetについて説明した動画によると、分散型取引所のdYdXはStarkExのZK-Rollupモードを使った最初のプロジェクトで、ガス代を50分の1に削減できたといいます(Immutable XなどはデータをまとめてEthereumメインネットに書き込む代わりに特定の組織がデータに署名しコピーを保持するValidiumモードを使用)。
StarkNetはStarkExを使って作られたパーミッションレスなレイヤー2ネットワークで、汎用なアプリケーションの実行環境を提供します。L2BeatでStarkNetについて詳しく見てみると、2022年5月からTVLが増加し始めています。StarkNetは現在α版で、本記事執筆時点では許可されたスマートコントラクトのみStarkNetにデプロイできます。
画像: StarkNetのTVL推移(L2Beatより)
StarkWareは2022年2月のブログ記事で、「現時点では分散型アプリケーションを実行するための十分なスループットにはほど遠い」とし、今後2022年の後半のはじめまでにStarkNetで少なくともEthereumの1/100のコストで、10倍以上のTPSを達成したいとしています。
StarkNetのしくみ
StaekNetにはシーケンサ(sequencer)と証明者(proofer)、ネットワークの参加者である検証者(velifier)がいます。StarkNetでトランザクションが発行されると、シーケンサが発行されたトランザクションを順番にバッチ処理します。続いてオフチェーンで証明者がゼロ知識証明の一種のSTARK証明を作成し、ネットワークの状態を保持している検証者に新しい状態に更新するよう通知します。
※ ゼロ知識証明の概要については本ブログの記事「zkSync – Ethereumのレイヤー2スケーリングソリューション」の「2. ゼロ知識証明」を参照してください。
画像: StarkNetの概要
(Eli Ben-Sasson氏による解説動画より。赤字は筆者追記。)
StarkNetのエクスプローラVoyagerを見ると、まだトランザクション数は多くなく、性能について断言できませんが、StarkNet(レイヤー2)で発行されたトランザクションが「Accepted on Layer 2」という状態から、Ethereumメインネット(レイヤー1)にまとめて証明が書き込まれて「Accepted on Layer 1」という状態になっていることを確認できます。
StarkNet – Alpha Block Explorer (Voyager)
StarkNetでは、仮に悪意のある証明者がいたとしても、検証者は数学的に無効な状態にネットワークの状態を更新することはなく、Optimistic Rollupのfraud proofのように異議申し立てのやりとりを行う必要はありません。一般的にZK rollupの方がバリデータでなく数学的な証明に依拠するため安全性が高く、トランザクションが確定するまでの時間が短いとされています。StarkNetは現在スケーラビリティの向上に努めていますが、ゼロ知識証明では個々のトランザクションの内容を明らかにせず状態の検証が可能なためプライバシーの向上にも寄与する点も強調しています。
本記事執筆にあたってシーケンサ、証明者、検証者に対する報酬について調査しましたが、公式の記述はみつかりませんでした。StarkNet 0.9.0のリリース時のブログ記事によると、これまでテストネットの利用には手数料がかかりましたが、メインネットでも手数料がかかるようになります。StarkNetには証明や検証に参加するためにステークし、報酬を受け取る際に使われる独自のトークンは今のところありません。StarkNetの共同創業者Eli Ben-Sasson氏とUri Kolodny氏はCrypto Briefingの記事で、インセンティブメカニズムについて検討していることを明らかにしています。今後メインネットで手数料が導入され、シーケンサや証明者がパーミッションレスになりStakNetの分散化が進むにつれて、報酬システムが確立されていくこと期待されます。
ZK Rollupの中にはzkSyncのようにSNARKを利用するものもありますが、STARKにはより現実的な時間で検証でき、サイズが小さく、簡潔かつトラストレスにセットアップできるという利点があります。STARKとSNARKの違いについては、老舗ブロックチェーン開発スタジオConsensysのブログ記事がわかりやすいです。
Zero-Knowledge Proofs: STARKs vs SNARKs | ConsenSys
StarkNetのネイティブ言語はゼロ知識証明に特化したCailoという独自の言語で、EVMとの互換性はありませんが、EVMトランスパイラを使用すればSolidityで書かれたプログラムをStarkNet上で動かせます。
数学に依拠しトラストレスで、より高いパフォーマンスを達成する可能性のあるStarkNetですが、現在はまだ単一のシーケンサに頼っていて、証明者についてもパーミッションレスで誰もがなれるわけではなく分散化の面で課題があり、今後改善が進められる計画です。
StarkNetのエコシステム
以下のサイトにStarkNetやStarkExを使っているプロジェクトがまとまっています。
StarkNet Ecosystem | Explore projects, teams, jobs, metrics and everything around StarkNet
StarkNetはまだ開発段階にあり、StarkNet上で有名プロジェクトが多数稼働しているというわけではありません。ただ、2022年4月にはDeFiプロジェクトの先駆けでステーブルコインDaiを発行する自律分散型組織Maker DAOがマルチチェーン化の一環としてStarkNetの利用を発表しています。
Ethereum DeFi Staple MakerDAO Adds StarkNet Bridge in First Step Toward Multi-Chain | CoinDesk
また、DAOで活用が進む分散型投票システムSnapshotはオンチェーン版Snapshot Xの開発をStarkNet上で進めています。
Introducing Snapshot X: our upcoming on-chain voting framework f… — Snapshot Labs
一方でStarkNetから離れるプロジェクトもあります。分散型取引所のdYdXは現行のV3ではStarkExを利用していますが、V4では完全な分散化とスケーリングのためにEthereumとStarkExを離れ、Cosmosで独自のブロックチェーンを立ち上げる計画を発表しました。
StarkNetの今後
StarkNetは今後コストの削減、TPSの向上を目指しながら、パーミッションレスでシーケンサや証明者がネットワークに参加できるようにし、2022年末までに最初の分散型バージョンを作成するとしています。
StarkNetを利用しているプロジェクトは限定的で、TVLはまだ大きくありませんが、StarkWareは実績のあるスタートアップで、暗号通貨市場が冬の時代入りかと言われ始めた2022年5月にも1億ドルもの巨額の投資を受けています。
暗号通貨冬の時代には次のシーズンを担うプロジェクトで着実に開発が続きます。StarkNetもその一つになる可能性があります。
おわりに
本記事ではZK RollupでEthereumのスケーリングを目指すStarkNetを紹介しました。
分散化という点ではさらなる開発が待たれますが、数学に基づいてトラストレスにネットワークを構成できるSTARK証明の考案者であるEli Ben-Sasson氏が率いるStarkWareのプロジェクトStarkNetは、レイヤー2のメインストリームしての地位を確立する可能性があります。
dYdxはStarkExを離れ、Maker DAOはStarkNetを採用することを発表しました。今後分散型アプリケーションを開発するプロジェクトがどのようにネットワークを採用し、数年後にどのようなスタンダードが築かれているのかもあわせて注目したいところです。