ブロックチェーンは仮想通貨との組み合わせで、ソーシャルメディアに新しい展開をもたらす可能性を秘めています。実際にこの分野で長くサービスを提供しているSteemブロックチェーンベースのソーシャルメディアSteemitではユーザー同士がつながり、コミュニティーやエコシステムが形成されるなど興味深い現象が見られます。本記事では、Steemitユーザーである筆者の体験も交えて、ブロックチェーンベースのソーシャルメディアについて、ブロックチェーンがソーシャルメディアにもたらす影響、今Steem/Steemitで起きていること、最後にブロックチェーンベースのソーシャルメディアのかかえる課題を解説します。
目次
ブロックチェーンを使ったソーシャルメディア
はじめに、現在利用可能なブロックチェーンを使ったソーシャルメディアにはどのようなものがあるのか一望してみましょう。ネットワーキング色が強くSNS (ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と見ることもできるサービスもありますが、本記事ではより一般的に「ソーシャルメディア」と呼ぶことにします。
ブロックチェーンベースのソーシャルメディアというアイデアは実は新しいものではありません。2017年の仮想通貨バブルの1年以上前、2016年3月にSteemブロックチェーンとその上で動作するソーシャルメディアSteemitが発表されました。Steemitの背後ではデータベースおよび報酬付与の仕組みとしてSteemブロックチェーンが使われていますが、見た目は従来のブラウザベースのブログプラットフォームと変わりません。ただ、Steemit上での体験はトークンが介在することにより、従来のソーシャルメディアにはないユニークなものになっています。
※ Steem/Steemitについては本ブログの解説記事「ブロックチェーンを使ったソーシャルメディアプラットフォームSteem」も参考にしてください。
画像: SteemとSteemit(Steem、Steemitのウェブサイトより)
Steemitから着想を得て日本でもブロックチェーンベースのソーシャルメディアALISの開発が始まりました。ALISは2017年9月に日本初のICOを実施して13,182ETH(当時のレートで4.3億円相当)を調達したことで話題を集めました。2018年のリリース後はクローズドβとして運用され、2019年に入りオープンβ版の機能が順次リリースされています。
※ ALISについては本ブログの解説記事「ブロックチェーンを用いたソーシャルメディア「ALIS」」も参考にしてください。
そのほか2018年には中国発のサービスとして、Nome LabのSNS ONO、Steemitと似たインターフェイスを持つソーシャルメディアWekuがリリースされました。ONOはChina Growth Capitalなどから1600万ドル(執筆時2019年1月のレートで17億円強)を調達しました。
ブロックチェーンがソーシャルメディアにもたらす影響
ブロックチェーンベースのソーシャルメディアがリリースされる背景には、少なからず従来のソーシャルメディアに対する疑問や不信感があるのかもしれません。
多くのソーシャルメディアやSNSで、ユーザーは個人情報やコンテンツをサービスに提供するかわりに、無料でサービスを使うことができます。サービス提供者はユーザーから得たデータをもとに広告を配信するなどしてサービスを収益化します。個人情報やコンテンツの取り扱いについては両者が合意していればよいのですが、規約や利用条件は往々にして複雑で長く、隅々まで理解しているユーザーは極少数でしょう。昨今ではFacebookやGoogleでの大規模な個人情報の流出、Facebookによる巨大企業への必要以上のデータ提供といった事実が明るみに出ました。
- 個人情報流出隠蔽のグーグルやFacebookが陥る「大企業病」。自ら明らかにしない体質 | BUSINESS INSIDER JAPAN
- 5 Ways Facebook Shared Your Data – The New York Times
このような状況で、運営会社によるブラックボックスのない透明性の高いプラットフォームを利用したい、コンテンツによる収益は自分の手にしたいというニーズが出てくるのは無理のないことでしょう。そうでなくても日々の行動から価値があるトークンを入手できたらうれしいですよね。また、国や地域によっては、国家にも止めることができない分散型のブロックチェーンベースのソーシャルメディアがより強く求められるといった事情もあります。ソーシャルメディアでブロックチェーンと仮想通貨が取り入れられることでこれらのニーズを満たす可能性があります。
ブロックチェーンベースのソーシャルメディアの先駆けSteemitでは、単純にユーザーがコンテンツを収益化できている以上の興味深い現象が起きています。続いてSteemitとその基盤であるブロックチェーンSteem上に形成されつつあるエコシステムと、その先にあるトークンエコノミーについて見てみましょう。
事例: Steem/Steemit上のエコシステム
筆者は比較的早い時期にSteemitに登録し、しばらく利用していなかった期間はあるものの、日々Steemitを使いながらSteemブロックチェーンとSteemitの動向を見守っています(アカウント: @akipponn)。2018年にはSteemの年次ミートアップSteemFest3にも参加しました。その中で、ユーザーがトークンを手にし、Steemit内外にコミュニティーやサービスを作り出し、独特のエコシステムが形成されつつある様子を目の当たりにしてきました。
画像: ポーランドで開催されたSteemFest3でのSteemit CEO Ned Scott氏の対談(筆者撮影)
Steemitの登録ユーザーは百万人超と決して大きなサービスではありませんが、2016年のリリース以来、ゆっくりと言語別のコミュニティーや同好の士のコミュニティーが大小形成されています。仮想通貨バブルの前後では報酬で生活を成り立たせる、またはそれ以上の成功を収めるユーザーも出てきました。興味深いのは、そこからもう一歩進んでSteem/Steemit上でサービスやプロジェクトを始める、それらを支援するといった動きが出てきたことです。実世界で成功した起業家が次の世代に投資して起業の連鎖ができていくのと似ています。
Steem/Steemit上の数あるサービスやプロジェクトから具体例をみてみましょう。Steemブロックチェーンを利用したサービスとして、2018年にはクラウドファンディングプラットフォームFundition、カードバトルゲームSteem Monstersがリリースされました。筆者はFunditionで寄付をしたことがありますが、Steemitを通じてすでにSteemのトークンを持っていることから、数クリックで寄付することができ、寄付のハードルはとても低く感じられました。SteemのトークンがSteemitを起点に金額の差はあれ多くのユーザーに行き渡っていることもエコシステム形成のよい材料となっているのではないでしょうか。
画像左: Fundition / 画像右: Steem Monsters
Steemitユーザーによるプロジェクトの先駆けとしては、子どもたちに海のスポーツの機会を提供するチャリティープロジェクトDreams of the Oceanがあります。Steemit上での活動報告の投稿につく報酬、寄付、前出のFunditionで調達した資金が活動費にあてられています。Dreams of the Oceanを手本に同様の手法で運営されているプロジェクトも。個人の行動にトークンで報酬を与えるプロジェクトも立ち上がりつつあります。日々歩いた歩数を評価するActifit、清掃活動を奨励するClean Planetなどがこれにあたり、当初のSteemitの「書く」以外にも個人がそれぞれに得意な方法でトークンを得る方法が出てきています。
画像: Steemブロックチェーン上でトークンが流通する様子(筆者作成)
Steemit上のユーザー同士の助け合いも独特の現象といえるでしょう。仮想通貨の価格低迷で報酬は減ってしまったとはいえ、報酬でそこはかとない余裕が生まれるからか、それともgiveベースの未来を感じる人たちが集まるからか、Steemit上ではプロジェクトはもとより個人の目標達成や生活の困難に際してユーザー同士が非金銭的・金銭的に助け合う場面をたびたび見かけます。筆者自身、特に見返りを期待せず翻訳のボランティアをすることがあります。逆にいただく側では、数万円相当のSteemFest3のチケットを日本コミュニティーの古参メンバーに購入していただき、現実世界ではあまりない不思議な体験となりました。
筆者はこのトークンの影が見え隠れするgiveの循環、トークンエコノミーを体現するようなエコシステムに居心地のよさを感じ、FacebookとSteemitに費やす時間が逆転してしまいました。未だ完全な経済圏ではありませんが、トークンエコノミーがすぐそこにあるのかもしれません。
ブロックチェーンベースのソーシャルメディアの課題
ブロックチェーンはソーシャルメディアにさまざまな変革をもたらす可能性がある一方で、ブロックチェーンベースのソーシャルメディアには分散型システムならではの課題、仮想通貨に関わる課題も存在します。
Steemitではアカウントの鍵管理は完全に自己責任です。そのほか、SteemはパブリックチェーンでSteemitではウォレットの中身やトランザクションの履歴が他者に見えてしまうのは、ユーザーによっては気になるところでしょう。一方、Steemitに着想を得て開発が進められている日本発のALISには、パスワードを忘れた場合の手続きがあります。また、ALISでは現状プライベートチェーンを利用していて、今後リリース予定のウォレットでは他のユーザーにウォレットは見せない仕様になっているようです。分散型志向のSteemitと、従来のソーシャルメディアとのギャップの少ないALISには透明性、分散化の度合いによる長所と短所を垣間見ることができます。
また、サービスの盛り上がりがトークン価格と連動してしまう部分も課題と言えるかもしれません。仮想通貨市場の低迷が続く中、Steemitではコアなユーザーや、報酬よりも人とのつながりに魅力を感じているユーザーは残っているものの、2017年の仮想通貨バブルの時のような新規ユーザーの流入や多くの投稿はなく、良くも悪くも静かに落ち着いています。ユーザーがトークンを手放しにくくするメカニズムはあるものの、最悪の事態として、ユーザーが流出してトークンの価格という負の連鎖が止まらずサービスが破綻してしまう可能性もなくはありません。
さらに、これはソーシャルメディアに限ったことではありませんが、ブロックチェーンベースのサービスは資金調達の方法によっては、仮想通貨市場がサービスの開発に大きく影響を与えかねません。Steemitは、ICOをせず、広告収益に頼ることもなく、Steemit Inc.がSteemブロックチェーン上のトークンを元手に開発を進めています。このモデルにはよい面もありますが、仮想通貨の低迷が続いた2018年にSteemit Inc.は社員の70%を解雇せざるをえませんでした。さらに2019年1月現在、Steemit Inc.が保有するトークンの大部分を処分しようとしている兆候について議論が続いています。ALISも資産をトークンで保有している場合、同様の問題に直面する可能性があるでしょう。これに対して、中国のONOは法定通貨で資金調達をし、広告掲載やブランドとのタイアップといった収益化を予定しているといいます。ONOの方向性は現実的ではありますが、ブロックチェーンベースの分散型のソーシャルメディアのとがった部分を失ってしまっているともいえます。
今後、ブロックチェーンベースのソーシャルメディアは、経営やユーザーへの対応という点で、あくまで分散型の路線を貫くのか、堅実でわかりやすい路線を選ぶのか、方針を問われることになるでしょう。
おわりに
本記事では、筆者のSteem/Steemitでの体験も合わせてブロックチェーンとソーシャルメディアの現状を解説しました。ブロックチェーンや仮想通貨が注目されるようになり数年が経ちます。メディアでは「分散型社会」「トークンエコノミー」といった言葉が飛び交っていますが、なかなか文字で読むだけでは理解しにくい部分があります。まずはブロックチェーンベースのソーシャルメディアに足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。仮想通貨投資とは違ってなんといっても金銭的な元手はゼロです。従来のソーシャルメディアとの差を実感し、未来を垣間見るよいきっかけとなることでしょう。