参加者が商品やサービスを取引できるインターネット上の「マーケットプレイス」の中には、仮想通貨払いが可能なサービスはもちろん、ブロックチェーンを活用した自律分散型のサービスが存在します。本記事ではマーケットプレイスでのブロックチェーンの可能性について説明し、ブロックチェーンを使ったマーケットプレイスの事例を紹介します。
目次
マーケットプレイスでのブロックチェーンの可能性
マーケットプレイスとは、参加者が商品やサービスを取引できる場のことですが、以下では特にインターネット上のマーケットプレイスをさすこととします。マーケットプレイスには、企業間の取引(B2B)、企業と個人の取引(B2C)、個人間の取引(C2C)またはこのうちの複数をサポートするものが存在します。たとえば、企業が企業から仕入れを行うようなプラットフォームはB2Bのマーケットプレイス、インターネットのショッピングモールはB2Cのマーケットプレイス、昨今人気のフリマアプリや民泊仲介サービスなどはC2Cのマーケットプレイスです。消費者としてB2C、C2Cのマーケットプレイスを利用したことがあるという人がほとんどでしょう。
さまざまなマーケットプレイスの利用が進む中で、マーケットプレイスにブロックチェーンを使う利点はどこにあるのでしょう。ブロックチェーンをもっともシンプルに統合したマーケットプレイスとして、仮想通貨払いを可能にしたマーケットプレイスがあります。ただ、もっとも古く時価総額が最大のBitcoinでさえ広く一般に普及しているとはいえず、仮想通貨払いが可能なだけでは訴求力は十分ではありません。さらに一歩進んで、ブロックチェーンを利用した運営者のない自律分散型のマーケットプレイスはどうでしょう。開発にお金がかかることは従来のマーケットプレイスと変わりませんが、スマートコントラクトとしてブロックチェーン上にリリースされたマーケットプレイスは自律的に動作し、取引は利用者間で行われるため、手数料を無料または低額に抑えることができます。また、ブロックチェーンは安全な取引にも貢献します。従来のマーケットプレイスでは、サービスの運営者や第三者が代金を預かり、管理する「エスクロー」という仕組みが採用されてきました。ブロックチェーンを使ったマーケットプレイスでは、マルチシグを利用することで第三者の関与が少ない形でエスクローを実現できます。ブロックチェーンとエスクローについて詳しくは、本ブログの記事「取引の安全を保証する「エスクロー」」を参考にしてください。
ほかにも、ブロックチェーンにはマーケットプレイスの透明性を高める効果が期待されます。プログラムを読める人であれば、ブロックチェーン上にデプロイされたスマートコントラクトを読んでマーケットプレイスの動作を知ることができます。また、取引履歴や取引相手からの評価は改ざん不可能な形でブロックチェーン上に残ります。
このようにブロックチェーンを使ったマーケットプレイスでは、取引手数料を抑えながら、取引相手を信頼することなく安全に取引することができます。さらにブロックチェーン上で取引履歴や評価が公開されていればより安心して取引できます。一定の社会的信頼を確立している企業間の取引ではあまりメリットが感じられないかもしれませんが、知らない人同士がものを売り買いし、現状少なくない手数料が差し引かれているC2Cのマーケットプレイスでは、ブロックチェーンが大きく状況を変える可能性があります。また、利用者がものやサービス、労働力などをシェアするシェアリングエコノミーのサービスもいわばマーケットプレイスの一種で、ブロックチェーンを利用した低コストかつ便利で安全なサービスが期待されています。
続いて具体的にブロックチェーンを使ったマーケットプレイスにはどのようなものがあるのか事例を見てみましょう。
ブロックチェーンを使ったマーケットプレイス
OpenBazaar
アメリカのスタートアップOB1が開発を行うOpenBazaarは、ブロックチェーンを使ったマーケットプレイスの先駆けとして有名です。2014年にOpenBazaarの原型であるDark Marketが発表され、2015年にOpenBazaarの開発を行うOB1が創業、2016年からオープンソースでOpenBazaarを提供しています。OpenBazaarによると、世界30カ国以上から音楽、ゲーム、動画、洋服、アート、短期の宿泊施設などさまざまな商品やサービスが販売されているといいます。OpenBazaarのソフトウェアをインストールするだけで、購入者としてだけでなく、販売者としてもすぐにOpenBazaarに参加できます。
OpenBazaarはブロックチェーンを使っていますが、ネットワーク自体はBitTorrentで何百万ものピアをつないだ実績のある分散ハッシュテーブルKademlia(カデムリア)を応用したP2Pネットワークです。ブロックチェーンはBitcoinをはじめとする仮想通貨での支払いと、Bitcoinのマルチシグエスクローアドレスを用いた取引で外部的に利用されます。
OpenBazaarについて詳しくは本ブログの記事「ビットコインを使ったフリマプラットフォームOpenBazaar」を参考にしてください。
Origin Protocol
https://www.originprotocol.com/
Origin Protocolは、2017年に設立されたアメリカのスタートアップOrigin Protocol, Inc.が開発する分散型マーケットプレイスを構築するためのプラットフォームとプロトコルです。OpenBazaarとの違いは、OpenBazaarはそれ自体がマーケットプレイスだったのに対して、Origin Protocolはあくまでマーケットプレイスを構築するための汎用のプラットフォームであるところです。Origin ProtocolにはEthereumブロックチェーンが使われています。
2018年4月の同社の発表によると、45のパートナーがOrigin Protocolのプラットフォームを使ってサービスを構築することを約束しました。パートナーのひとつとして、Origin ProtocolのウェブサイトではイタリアのホームシェアリングアプリTrips Communityが紹介されています。現在Origin Protocolはβ版で、2020年第一四半期にメインネットのローンチが予定されています。
Origin Protocolを使ったマーケットプレイスOrigin Marketplaceには、ものだけでなく短期滞在用の受託の貸し出しなど、企業や個人がさまざまなものやサービスを出品しています。Origin MarketplaceにはiOSやAndroid向けのアプリのほか、ブラウザからもアクセスできます。
Origin Marketplaceに出品されている短期滞在用の住宅
QuuBe(キューブ)
QuuBeは東アジアと東南アジアでECサイトQoo10(キューテン)を営むシンガポールのGiosisが、2019年1月にEthereum上にローンチしたマーケットプレイスです。QuuBeでの取引はEthereum上のスマートコントラクトで管理され、取引に手数料はかかりません。GiosisはQoo10でも他サイトと比べて出品手数料を抑えていますが、QuuBeでは手数料がかからないことから販売者は消費者にとってより魅力的な価格で商品を販売できます。QuuBeでの取引には、米ドルにペグされた独自トークンQ*coin(1 Q*coin=1 USD)が使われます。QuuBeで商品を購入したい人は、Q*coinを購入して支払いに当てます。Q*coinの購入には手数料はかかりません。法定通貨ではなく、Q*coinの利用を必須としているのは、スマートコントラクトでお金を扱いやすくするためだと考えられます。
Ocean Protocol
ここまでに紹介したものやサービスを売買するマーケットプレイスやそのプラットフォームとは異なり、Ocean ProtocolはAIのための分散型データマーケットプレイスを実現するデータ交換プロトコルです。ブロックチェーンによる芸術品管理サービスascribe、分散型ブロックチェーンデータベースBigchainDBを手がけたTrent McConaghy氏とBruce Pon氏が手がけるプロジェクトで、Ethereumブロックチェーンを利用し、安全かつ透明なデータの共有や売買を可能にすることを目指しています。
IOTA Industry Marketplace
https://industrymarketplace.net/
データマーケットプレイスの構築を目指すのはOcean Protocolだけではありません。IoTのための仮想通貨とそのネットワークであるIOTAは、2017年11月に機器同士(M2M)のデータ交換を想定したデータマーケットプレイスをローンチし、自動車部品・電動工具メーカーBOSCHをはじめ、名だたる大企業がマーケットプレイスへの参加企業として名前を連ねました。データマーケットプレイスでの知見をもとに、2019年9月にIOTAはオープンソースで自立分散型のプラットフォームIOTA Industry Marketplaceをローンチしました。
Industry Marketplaceの利用例として以下のようなケースが挙げられています:
- 天気予報サービスがセンサーデータをマーケットプレイスで購入し、予報をまたマーケットプレイスで販売する
- 移動手段を探している人に自動車がライドをオファーする
- 自動車が故障が疑われる部品の情報を製造元に問い合わせる
仮想通貨が盛り上がりを見せた2017年に誕生し、独自の分散台帳技術が注目され、仮想通貨低迷期にも開発が続いてきたIOTAのIndustry Marketplaceが今後どのように利用を広げていくのか注目しておきたいところです。
Libraを使ったマーケットプレイスのプロトタイプFLIBRA
ガイアックスでは、Facebookが主導するグローバル通貨Libraを使った開発に取り組んでいます。2020年2月にはLibraで決済するマーケットプレイスアプリケーションのプロトタイプ「FLIBRA」のデモサイトをオープンを発表しました。また、オープンソースソフトウェアとしてコードをGitHubで公開しています。
FLIBRAは現在デモ版ですが、取引だけでなく、Libraを使ったエスクロー決済も実現しています。決済にはLibraのテストネットを使用し、商品や取引、ユーザーに関するデータは、データの性質に応じてEthereum PoA プライベートブロックチェーンとIPFSそして、Firestoreなどにも保存します。
FLIBRAの構成(Gaiaxブロックチェーンエンジニア Yosuke Aramakiのブログ記事より)
FLIBRAについて詳しくは以下の記事も参考にしてください。
おわりに
本記事では、マーケットプレイスでブロックチェーンを利用することでどのような効果が期待できるのか説明し、弊社で開発中のFLIBRAを含め、ブロックチェーンを使ったマーケットプレイスの事例を紹介しました。
最後に、各マーケットプレイスに出品されている商品やサービスの印象についてふれておきましょう。老舗のOpenBazaarには、ニッチというか、変わった商品が販売されています。どれだけの人がこれらの商品を買いたいと思うのかは不明で、評価がついている品物や販売者は少ないものの、ほかのサービスに比べて誰もがすぐにショップをオープンでき、販売者になることで仮想通貨を手に入れられます。OpenBazaarは分散型サービス黎明期のカオスな雰囲気が残っているサービスといってよいでしょう。
Origin MarketplaceとQuuBeはある程度の購入者希望者がいるであろうものやサービスを扱っています。Origin MarketplaceはQuuBeと比べてインターフェイスがモダンで、さらに、ものだけではなくイベントのチケットや宿泊施設なども扱っています。一方で、Origin Marketplaceのウェブ版ではブラウザ拡張ウォレットMeta Maskを使ってログインし、仮想通貨を使って取引する必要があるなど、仮想通貨を使い慣れていない人がOrigin Marketplaceを使い始めるハードルは決して低くありません。今後ブロックチェーンを使ったのマーケットプレイスが広がっていくには、出品者と購入者、またはその両方をかねるユーザーを獲得し、魅力的な商品が出品されるようになる必要があるだけでなく、直観的に使える決済インターフェイスが欠かせません。
このような観点から、誰でも簡単に通貨を持て決済に使えるようになり得るLibraに対する期待は大きく、リリースが決まれば、個人と個人が仲介者なく直接取引する分散型マーケットプレイスの利用が大きく広がり、シェアリングエコノミーを拡大させる後押しとなるでしょう。また、Ocean ProtocolやIOTAが実現しようとしているM2Mまで含めたデータマーケットプレイスを使って、使っていない自家用車がライドを提供してお金を稼いで帰ってくるといった取引に関わる主体の一方または両方が人間でないようなシェアリングエコノミーのサービスが将来的には出てくるかもしれません。
トラストレスかつ安全な取引を可能にするブロックチェーンが今後どのようにマーケットプレイスに取り入れられ、従来のマーケットプレイスを変えていくのか目が離せません。