デジタル切手を取り扱うBitstampsが、ランボルギーニとのコラボレーションで限定デジタル切手を発行し、注目を集めました。Bitstampsのビジネスは、ブロックチェーンでレアコンテンツの希少性を担保するもので、ブロックチェーンとデジタルコンテンツの可能性を追求するサービスです。本記事ではBitstampsのサービス、ビジネス、ブロックチェーンとの関係を解説します。
目次
Bitstampsとは
Bitstampsはイタリアのスタートアップで、デジタル切手の販売、収集、転売をサポートする同名のサービスBitstampsを運営しています(ルクセンブルクに拠点を置く老舗仮想通貨取引所Bitstampとは関係がありません)。BitstampsのCEOは、イタリアの切手に特化したオークションハウスAuction PhilaのCEO、Nicola Archilli氏が務めます。
Bitstampsは創業間もないスタートアップですが、1981年創業の歴史のある切手のオークションハウスが背後に存在することもあってか、同じくイタリアに拠点を置く高級スポーツメーカーLamborghini(ランボルギーニ)とのコラボレーションで限定デジタル切手の発行を始めました。2020年5月には最初の切手として、ランボルギーニの最新のスポーツカーHuracán EVO RWD Spyderの限定デジタル切手が発表されました。
画像: ランボルギーニHuracán EVO RWD Spyderの限定デジタル切手
(発表時のBitstampsのブログ記事より)
ランボルギーニの限定デジタル切手については、仮想通貨メディアだけでなく、自動車関連のメディアも取り上げています。
- BITSTAMPS – Philately, the hobby of Regents and Presidents(Bitstampsの発表)
- Lamborghini Huracán EVO RWD Spyder stamp-size, literally(ランボルギーニの発表)
- 【20モデルが登場へ】ランボルギーニの電子スタンプ 第1弾はウラカン・エボRWDスパイダー – ニュース | AUTOCAR JAPAN
Bitstampsのサービスとビジネス
Bitstampsはデジタル切手を発行し、Android、iOS向けのスマホアプリを通じて販売しています。実際にアプリをダウンロードして、ランボルギーニの切手を購入してみました。
アプリをインストールし、アカウントを作成、切手を購入するまでのプロセスはとてもスムーズでした。ブロックチェーンを使ったサービスでは、ウォレットアドレスがアカウントとして使われることが多く、サービスを利用するにあたってはじめの障壁になりがちですが、BitstampsのアカウントはAppleやFacebook、GoogleのIDと紐づけて作ることができます。デジタル切手は、アプリ内で課金されるコンテンツという扱いです。ウォレットやブロックチェーン、仮想通貨に関する知識はまったく必要なく、スマホアプリを使ったことのある人であれば、迷うことなくデジタル切手を購入できるでしょう。
画像: iOS向のBitstampsのアプリのスクリーンショット
デジタル切手を購入すると、所有している切手の一覧に購入した切手が追加され、しばらくするとブロックチェーンのトランザクションハッシュも表示されます。
画像: デジタル切手の履歴
Bitstampsのアプリでは、ランボルギーニのデジタル切手のほか数種類のデジタル切手を購入でき、購入したデジタル切手を使ってeカードを送れます。これらの機能に加え、今後所有している切手を売買できるマーケットがリリースされる計画です。
ビジネスという観点でBitstampsを見てみると、Bitstampsは、ブロックチェーンで所有権と希少性を担保した枚数限定のデジタル切手、つまりプレミアムコンテンツを販売し、収益を上げていることになります。
Bitstampsはどうブロックチェーンを使っているのか
BitstampsではEthereumブロックチェーンが使われています。プレミアムコンテンツとEthereumブロックチェーンというと、CryptoKittiesのように代替不可能かつ唯一無二のトークンのための標準ERC721に基づいたトークンを利用することを想像しますが、Bitstampsのブロックチェーンの使い方はとてもシンプルで、デジタル切手の発行や取引の記録を残す目的でのみEthereumブロックチェーンを使っています。
切手の発行や状態の変更がどのように行われるのか、以下のBitstampsのブログ記事を参考に見てみましょう。
BITSTAMPS – Transparency and security
新しいデジタル切手の発行
新しい種類のデジタル切手の発行が決まると、切手の情報を記載したjsonファイルが生成されます。jsonファイルには、切手の見た目の画像のURL、見た目画像のsha256ハッシュ値、価格、切手のコピーそれぞれに振るユニークなコードが記載されます。このファイルのテキストからsha256ハッシュ値が計算され、jsonファイルとハッシュ値はインターネット上で公開されます。Ethereumブロックチェーンにはスマートコントラクトを通じて、jsonファイルのテキストから計算されたハッシュ値、jsonファイルのURL、切手の発行開始日が記録されます。切手の見た目画像やjsonファイルが改ざんされていないことは、それぞれハッシュ値とコンテンツをハッシュ化して求めた値を付き合わせることで確認できます。
デジタル切手の所有権や状態の変更
所有権の変更、切手の状態の変更(未使用・使用済)といった更新情報は、60分ごとにEthereumブロックチェーンに書き込まれます。当該期間に起きたすべての更新に関する情報はjsonファイルにまとめられます。jsonファイルのテキストからsha256ハッシュ値が計算され、jsonファイルとハッシュ値はインターネット上で公開されます。その後、新しい切手の発行時と同様に、Ethereumブロックチェーンにはスマートコントラクトを通じて、jsonファイルのテキストから計算されたハッシュ値、jsonファイルのURL、記録の対象期間が記録されます。
Bitstampsの実装の長所と課題
Bitstampsの仕組みは、とてもシンプルでミニマルです。実装としては、Ehtereumのメインネットにスマートコントラクトをひとつデプロイし、このスマートコントラクトを通して、Bitstampsのアドレスから新しい切手の情報や、更新情報をEthereumブロックチェーンに書き込んでいます。BitstampsのスマートコントラクトはEtherscanで閲覧できます。
Bitstampsのスマートコントラクト – Etherscan
Bitstampsがブロックチェーンへの書き込みを行うことで、切手を購入したい人はウォレットをインストールしたり、書き込み処理の度にGAS代を支払ったりする必要がなく、ブロックチェーンを使ったサービス特有の煩雑さを回避しています。
ただし、Bitstampsの実装には課題もあります。Bitstampsがブロックチェーンの書き込みを一手に扱うため、Bitstampsのサーバーがダウンすると、書き込みを伴う機能を使えなくなります。jsonファイルやURLを公開するBitstampsまたは外部のサーバーも単一障害点になっています。
また、これはCryptoKittiesはじめ他のコレクティブルサービスでも指摘されている問題ですが、肝心の画像データがBitstampsまたは外部のサーバーに置かれていると、万が一そのデータがなくなってしまった時にブロックチェーン上の部分的な情報しか残らず、その情報に価値があるのかという問題があります。
Bitstampsの可能性
Bitstampsの興味深いところは、ブロックチェーンを使って、プレミアムコンテンツの所有権や希少性を担保するだけで、ビジネスを生み出している点にあります。Auction Philaの切手オークションハウスとしての長い歴史も少なからずBitstampsのビジネスに貢献しているでしょう。
コレクティブルと呼ばれるレアコンテンツを収集・取引するサービスとして、古いものでは2017年の仮想通貨ブームの只中に発表された子猫を収集するゲームCryptoKittiesがあります。CryptoKittiesは仮想通貨とブロックチェーンを使った先進的な取り組みとして注目を集めました。一方でBitstampsは、技術的な新しさを追求するというよりも、仮想通貨に詳しい人だけでなく誰でも使えるサービスを目指しているという印象を受けます。実際にアプリのインストールから、ユーザー登録、切手の購入までのプロセスはとてもスムーズでした。
CryptoKittiesのような収集ゲーム以外では、Bitstampsのビジネスはブロックチェーンを使ってアートを扱うサービスとも共通点があります。たとえば、Aniqueはブロックチェーンでアニメなどのイラストの所有権を販売しています。所有権の管理にはEthereumのERC721トークン標準カスタマイズしたトークンが使われ、購入者は額装された作品の注文などさまざまな特典を受けられ、Bitstampsよりも技術面でも機能面でも充実していますが、デジタルなコレクターズアイテムの販売という点では両サービスのコンセプトの中核は同じで、それをよりミニマルに体現したのがBitstampsといえます。また、切手とアニメというすでにファンのコレクター魂をくすぐってきた分野でコンテンツをデジタル化している点も両者の共通点です。
※ 本ブログの記事「ブロックチェーンとアート」ではAniqueのほかにも、ファインアートを扱う欧米のサービスも取り上げています。ブロックチェーンとデジタルコンテンツの可能性という点からもぜひ参考にしてください。
Bitstampsは今後の計画について、ロードマップなどは公開してはいませんが、2020年5月19日に公開された「BITSTAMPS transparency and security.」というブログ記事の中で、近日中にBitstampsのプラットフォームで購入したデジタル切手を売却できるようにするとしています。また、ユーザー体験をよりよいものにするための改善も続けられているようです。
おわりに
本記事ではブロックチェーンを利用して、所有権や希少性の担保が可能なデジタル切手を発行するBitstampsについて解説しました。Bitstampsの事例からは、ブロックチェーンとプレミアムコンテンツを組み合わせて希少性を担保することでビジネスが生まれる可能性が垣間見えます。そうはいっても、誰もが簡単にすぐにビジネスを生み出せるわけではなく、コンテンツの提供主体の権威やコネクション、コンテンツ種類も大きくビジネスに関わってきます。
また、デジタルで目には見えるものの手で触ることはできない対象を人が収集するようになるのかというそもそもの疑問も存在します。ただし、この点については、デジタルネイティブ世代の感覚が私たちの想像を超える可能性は十分あり、今後、人のコレクションの対象が実体のないものまで広がるのかもしれません。
ミニマルに美しく、誰でも使えるように作られたBitstampsの今後と、ブロックチェーンを使ったプレミアムコンテンツビジネスの行方に注目したいところです。