このシリーズでは、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員 伊藤佑介 様から寄稿いただき、ブロックチェーンが生み出す「トークンコミュニティ」について、特集していきます。今回は、第1回目として、トークンコミュニティについて解説いただきました。
ブロックチェーンが生み出す「トークンコミュニティ」 第1回~トークンコミュニティとは~
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター
上席研究員 伊藤佑介
私は博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターの研究員として、2016年からブロックチェーンについて研究をしています。
2016年にサトシ・ナカモト氏の論文を読んで衝撃を受けて、その後、マーケティングの世界がブロックチェーンによって、どのように変わっていくのかその変化の兆しを研究してきました。また、ブロックチェーンを活用したサービスの検討や最新動向の調査なども行っています。世界中の様々なブロックチェーンサービスについてケーススタディを行ってきた中で、この2年間ずっと常に頭に過っていたのは、「なぜそのサービスはブロックチェーンでなければ実現できないのか?」といった問いに対する答えです。
これはブロックチェーン関係者間では、お馴染みのあるある話で、よく語られることがあります。
というのも、たいてい企業でブロックチェーンのサービスの企画を社内で話すと、「なんでブロックチェーン技術を使う必要があるの?それって既に存在している技術でもできるよね」というやりとりがされて、その企画がボツになるといったことがよくあります。
この「なぜそのサービスはブロックチェーンでなければ実現できないか?そもそも、ブロックチェーン技術を使わなければ開発できないサービスは存在するのか?」という問いについて自問自答をしていく中で、私の中で一つの仮説ができました。今回は、それについてお話していきたいと思います。
前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、問いに対する答えの前に、まずそもそもブロックチェーン技術とは、一体何なのかについて整理したいと思います。
技術としてのブロックチェーンについて、解説している書籍やサイトは多くあり、さまざまな説明がされていますが、私は、ブロックチェーンは以下の2つのシステムを実現する単なる技術であり、それ以上でも、それ以下でもないと考えています。
① 管理主体が存在しなくとも自律的に動く取引プラットフォーム
② 取引結果を改竄できない公開台帳データベース
①の「管理主体が存在しなくとも自律的に動く取引プラットフォーム」を実現する技術要素は、P2Pネットワークとコンセンサスアルゴリズムの技術で、②の「取引結果を改竄できない公開台帳データベース」は、公開鍵暗号や電子署名、ハッシュ関数などの偽装防止・暗号化技術で実現されます。
この①と②の整理にしたがって、ブロックチェーン技術を使って初めて社会実装されたサービスであるBitcoinを説明すると、次のように言い表すことができます。
Bitcoinは、ブロックチェーン技術を使って、
① 中央銀行が存在しなくとも自律的に動く取引プラットフォーム上で行われた
② お金の取引結果を改竄ができない公開台帳データベースに記録した
「仮想通貨」という新たなサービスを開発した1つの成功事例である。
しかし、ブロックチェーンの技術要素に着目して、上記のようにBitcoinを整理してみても、まだ最初の問いに対する答えになっていないように思えます。なぜなら、自律的に動くプラットフォームも、改竄できない公開台帳も、先ほど挙げたブロックチェーンで利用されている技術以外を使っても実現できるからです。
では、なぜブロックチェーン技術を使って生み出されたBitcoinはここまで普及したのでしょうか。その答えのヒントは、まさにBitcoinのデータの中にありました。
それが、Bitcoinの最初のブロックであるgenesisブロックです。
genesisブロックとは、Bitcoinの過去の取引データの塊であるブロックをチェーンで結んでいった一連のデータの一番先頭のブロックのことを言います。そして、そのgenesisブロックの中に、こんなメッセージが実際にデータとして刻まれています。
「The Times 03/Jan/2009 Chancellor on brink of second bailout for bank」
これは、2009年1月9日にイギリスの新聞Times誌に掲載された記事のタイトルで、内容としては、イギリス政府がリーマンショック以来の二度目の銀行救済措置をとろうとしているといったものです。
このBitcoinの最初のブロックであるgenesisブロックに刻まれているメッセージは一体何なのでしょうか。
それこそが、このBitcoinが生まれた起源であり、サトシ・ナカモト氏がBitcoinを生み出した理由だと私は考えています。つまり、Bitcoinはただブロックチェーンという技術があったから生まれたのではなく、目的があって生まれたということです。それは何かというと、「中央銀行が量的緩和などの金融施策によって管理している法定通貨に対するアンチテーゼを唱えること」と言われています。Bitcoinはこの目的のために作られて、その後そこに参加していった人は、程度の差こそあれ、その考え方や価値観に共感する人たちだったのだと思います。そして、最初にBitcoinの取引やマイニングをし始めた人たちは、決して金銭目的のためだけではなく、この価値観に共感した人々であったに違いありません。というのも、その当時は、そもそも仮想通貨交換所はなく、今のようにBitcoinを現金に簡単に換金することはできなかったからです。
では、Bitcoinは一体何として生まれて動き始めたのでしょうか。
私は次のように考えます。
Bitcoinとは、「中央銀行が量的緩和などの金融施策によって管理している法定通貨に対するアンチテーゼ」という同じ価値観に賛同した人たちの一つのコミュニティではないだろうか。そして、そのコミュニティの価値を具現化するものとして、ブロックチェーン技術によってBitcoinというトークンが作られたのだと。
つまり、Bitcoinというサービスの本来の姿というのは、上記のような共通の価値観をもった人たちの「トークンコミュニティ」であったのではないだろうかと私は考えています。
トークンエコノミーという言葉はブロックチェーンのサービスを語る上でよく使われていますが、私は敢えてエコノミー(経済圏)とは言わず、コミュニティ(同じ価値観を共有する共同体)と言う方が適切だと思っています。というのも、Bitcoinは今でこそ経済価値を持ちましたが、最初は法定通貨やモノと交換できる価値はなく、むしろ「中央銀行が量的緩和などの金融施策によって管理している法定通貨に対するアンチテーゼ」という価値観を共有する人たちによって、半ばお遊び的なコミュニケーションとしてやり取りされていただけだったからです。
ここまでお話してきた仮説を踏まえて、「なぜそのサービスはブロックチェーンでなければ実現できないか?そもそも、ブロックチェーン技術を使わなければ開発できないサービスは存在するのか?」という問いに立ち返ってみると、私なりの答えとしては、このように考えています。
確かに厳密に言うと、ブロックチェーン技術でなければ開発できないサービスというのは、おそらくないでしょう。ですが、ブロックチェーンは、ある共通の価値観をもった人たちがトークンを使ってコミュニケーションを行うコミュニティを作ることに優れた技術であり、Bitcoinに続くそのようなトークンコミュニティが、ブロックチェーンを活用したサービスによって今後多く生み出されてくる可能性は高く、そこにはきっとビジネスチャンスがある。
さて、現在私は、このトークンコミュニティという仮説をもって、ブロックチェーンを活用したサービスを開発するためのフレームワークや、サービスの利用を活性化させるための分析、評価などの手法について研究しています。
次回以降で、コミュニティを生業とする広告会社に勤める私の考えるトークンコミュニティについて具体的にもう少し詳しくお話ししたいと思います。