2020年から2021年の暗号通貨やNFTの盛り上がりとともに、古くから存在するブロックチェーンの処理能力の課題が改めて浮き彫りになりました。そのような中、Ethereumのレイヤー2ブロックチェーンや、高速な処理と安価な手数料をうたうEthereumキラーともいわれるレイヤー1ブロックチェーンが注目を集めています。本記事では、2021年に注目を集めたSolanaやAvalancheなどと並ぶレイヤー1ブロックチェーン「NEAR」を紹介します。
※ 記事中のレートは本記事執筆時点の2022年3月上旬のものです。
目次
NEARとは
NEAR(NEAR Protocol)はアメリカのサンフランシスコに拠点を置くNEAR Inc.によるPoSブロックチェーンで、高速な処理と安価な手数料を強みにしています。
NEAR Protocol | Reimagine Your World
NEAR Inc.の創業は2017年の暗号通貨ブームが終わった2018年で、企業情報を扱うCrunchbaseによると、これまでにCoinbase VenturesやPantera Capital、Alameda Researchなどから162.1百万ドル(約186億円)もの資金を集め、101人から250人の従業員数がいます。NEAR Inc.はすでにスタートアップの域を脱しているといってよいでしょう。NEARには関連組織として、ドイツに拠点を置くNEAR Technology GmbH、スイスに拠点を置き開発やエコシステムへの資金提供、ガバナンスに関与するNEAR Foundationがあります。
暗号通貨に関する情報を提供するMessariによると、NEARのメインネットは2020年4月にローンチし、同年10月にトークンの転送が可能になりました。2021年3月にはEthereum-NEAR間で資産を移動させるためのブリッジRainbow Bridgeが利用できるようになりました。
NEARでは処理手数料の支払いやステーキング、ガバナンスに独自トークンNEARが使われます。2022年3月現在のNEARの時価総額は約66億ドル(7500億円)で、暗号通貨全体ではLitecoinに続いて22位です。2021年中旬には他の暗号通貨と同様にNEARの価格は低迷しましたが、2021年後半には相場の状況も相まって大きく価格を上げ、2022年に入っても2021年秋の価格水準を維持しています。
画像: NEARの価格推移(CoinMarketCapより)
Coin98が定期的に公開しているブロックチェーンごとのTVLのまとめでは、2021年秋からNEARの名前が出てくるようになりました。2022年2月に発表された統計では先行スマートコントラクトプラットフォームには大きく水を開けられていますが、多くのネットワークとともにシェアを争っている様子がうかがえます。
画像: 2022年2月のプラットフォームごとのロック総額
(Coin98のツイートより。画像右上の緑色の円は著者が追記)
NEARの特徴
シャーディング – Nightshade(ナイトシェード)
NEARの特徴の一つとしてシャーディングがあります。Ethereumでもシャーディングが導入されるとあり、この用語をすでに見聞きしたことがあるという人もいることでしょう。
※ Ethereumのシャーディングについて詳しくは本ブログの記事「Ethereumの処理能力を向上させるSharding(シャーディング)」を参考にしてください。
BitcoinやEthereumといったブロックチェーンではすべてのノードが参加してトランザクションを検証し、合意を形成し、個々が持つブロックチェーンのコピーに履歴を記録していきます。シャーディングでは、ノードをシャード(英単語の「shard」に由来。破片・かけらを意味する)というグループに分けて分散してトランザクションの処理を行い、ブロックチェーンの処理速度や処理量の向上を目指します。
NEARはNightshade(ナイトシェード)というシャーディング方式の実装を進めています。NEARのウェブサイトにはNightshadeについて詳しく説明したページがあります。
Sharding Design: Nightshade – NEAR Protocol
シャーディングというと、ビーコンチェーンと複数のシャードチェーンからなるブロックチェーンネットワークのようなシステム構成が知られていますが、Nightshadeではシステムを一つのブロックチェーンとしてモデル化します。このブロックチェーンのブロックにはすべてのシャードのすべてのトランザクションが論理的に含まれ、すべてのシャードの状態全体を変更するといいます。
NEARのブログ記事によると、プロジェクトの初期からシャーディングを視野にいれていたものの、2020年のネットワークローンチ時には完全なシャーディングは必要ないとの判断から導入が見送られました。その後、2020年末から2021年にかけての暗号通貨の盛り上がりを受け、NEARは2021年11月にNightshadeの導入を開始しました。
NEAR Launches Sharding To Kickstart Mass Adoption – NEAR Protocol
第一弾としてSimple Nightshadeがリリースされ、状態が4つのシャードに分割されました。トランザクションの検証は依然すべてのノードが参加して行っています。NEARによると現在のノード数は100ノードとのこと。
Simple Nightshadeに続いて、シャードの一部であるチャンクを作成できるChunk Only Producerという新しい種類のバリデーターが導入される予定です。Chunk Only Producerは従来のバリデーターに比べてステークするNEARの総量やハードウェアの要件が低く、バリデーターとして参入がしやすくなります。ノード数は200-400ノードに増えると想定されています。
さらに、無効な状態遷移を見つけたノードが異議を唱えられる「チャレンジ」機能が実装され、すべての状態を管理するバリデーターが不要になり、Nightshadeが完成します。
ここまではネットワークのシャードの数は固定されていますが、最終的にはリソースの使用率によって動的にシャードを分割したり統合したりするDynamic Resharding(動的再シャーディング)が実現されます。
NEARはトークンの転送処理を例に挙げ、シャード1つが1秒に800から1000トランザクションを処理できるとしています。NEARではシャードの数を動的に増やしてネットワークをスケールできることから、理論的な処理能力は無制限で、最終的には1秒あたり数百万トランザクションを処理し、何十億ものユーザーに対応することを目指しています。
他のブロックチェーンとの相互運用
Rainbow Bridge
2021年4月にEthereumとNEARをつなぐRainbow Bridgeがローンチしました。Rainbow Bridgeを使うと、Ethereum – NEAR間で資産を移転できます。使い方は一般的なブリッジと同様で、ウォレットをブリッジにつなぎ、送信元と送信先のネットワークを選び、資産を移転します。NEARによるとEthereumからNEARへの移転では約6分でERC-20トークンの場合10ドルほどのガス代がかかり、逆は最大16時間・約60ドルのガス代がかかるといいます。
Bridge from Ethereum to NEAR | The Rainbow Bridge
Octopus Network
NEAR上に構築されたマルチチェーンネットワークで、Web 3.0アプリケーションのためのカスタマイズ可能なブロックチェーン(アプリチェーン)を提供します。アプリチェーン上に作られたアプリケーションからは前出のRainbow Bridgeを介してNEARとEthereumと接続可能で、IBC Protocol(Inter Blockchain Communication Protocol)に対応したブロックチェーンには直接接続できるといいます。イメージとしては、PolkadotやCosmosなどに近いといってよさそうです。
画像: Octopus Networkの全体像(Octopus Networkのウェブサイトより)
Aurora – NEAR上のEVM
AuroraはNEARが開発したNEAR上のEVMで、2021年5月にリリースされました。AuroraはEthereumと完全な互換性があり、Ethereum向けに開発されたアプリケーション移植すれば手数料を抑えて高速にサービスを提供できます。Auroraではユーザーの利便性に配慮して独自トークンではなくETHが手数料の支払いなどに使用されます。
Aurora – Shooting for the stars.
Auroraのウェブサイトのエコシステムのページではどのようなアプリケーションが運用されているのか一覧できます。EthereumやPolygon、Avalancheなど多数のチェーンに対応している分散型取引所のDODOはAurora上でサービスを提供しています。
NEARが注目を集める理由
NEARの最大の特徴は独自のシャーディング技術とそれによって実現されるであろうスケーラビリティといってよいでしょう。2021年から注目を集めているPolygon、Solana、Avalancheといった高速で手数料が安いブロックチェーンでも、処理能力の上限について言及されています。実際、Solanaはボットと考えられる大量のトランザクションに悩まされています。
これに対して、NEARはNightshadeとDynamic Shardingの実装が完了すれば理論上の処理能力は無制限になるとしています。2022年をかけてDynamic Shardingまで実装され、多くのアプリケーションがNEARやAURORA、Octopus Network上で運用され、NEARが処理能力を発揮するか注目されます。
また、NEARにはOctopus NetworkやAuroraといったWeb3アプリケーションを開発・運用しやすい仕組みが整っていて、NEAR、Octopus Network、Auroraそれぞれがアクセレレータープログラムや助成金プログラムでプロジェクトを支援しています。これらのプログラムは今後NEARへのアプリケーションの誘致に寄与する可能性があります。
- NEAR Launches $800 Million Ecosystem Fund – NEAR Protocol
- NEAR Foundation Grants
- Octopus Network Accelerator
- Grow your project on Aurora
NEARのエコシステム
分散型アプリケーションの統計情報を扱うDappRadarにNEARのカテゴリが設けられました。このカテゴリを見て、筆者は2022年3月現在のアプリケーションの数やユーザー数、取引高の少なさに驚きましたが、Near のエコシステムやAuroraのエコシステムのページを見るとより多くのアプリケーションが掲載されています。
画像: NEARのエコシステム(NEARのウェブサイトより)
2021年10月にはエコシステムの拡大のために巨額の資金が割り当てられることが発表され、今後NEARのエコシステムが広がっていくことが期待されます。
おわりに
本記事ではシャーディングをいち早く取り入れて処理能力の高いネットワークを実現しようと取り組むNEARを紹介しました。
現状ではNEARは、2021年から注目を集め始めた高速で安価なブロックチェーンやレイヤー2ネットワークに対して優位性を示しきれていません。これはブロックチェーンにロックされた総額や、エコシステムに有名アプリケーションがそこまで移植されていない点にも現れています。
NEARのシャーディング導入への道はまだ始まったばかりです。2022年に完全なNightshadeとDynamic Shardingが実装され、多くのアプリケーションがNEARの処理能力をあますところなく使うようになるのか注目したいところです。