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現在の情報化社会において、誤情報やフェイクニュースなどの偽情報がもたらす影響はますます深刻化しています。ブロックチェーン技術や自律分散型組織(DAO)は、誤情報や偽情報への対策としてどのように活用できるのでしょうか。ブロックチェーンの透明性と不変性、DAOの自律性と参加型の特性を活かすことで、情報の信頼性を高める取り組みが世界中で模索されています。本記事では具体的な事例を紹介しながら、その効果と可能性を探ります。

「誤情報」と「偽情報」との違い

そもそも誤情報と偽情報は、何が違うのでしょうか。誤情報(misinformation)は、間違いによって作成され広められる情報です。これは、その情報が間違っていることに気づかずに拡散してしまうもので、意図的なものではありません。実際の出来事や事実が文脈を外れて解釈されたり、偶然に誤った情報が伝えられたりする場合に発生します。一方、偽情報(disinformation)は、意図的に作成され、広められる情報を指します。ディープフェイクやフェイクニュース、デマ、プロパガンダなどは偽情報に該当します。偽情報は、特定の目的を持つ人々によって広められます。

世界経済フォーラムが発表した「グローバルリスク報告書2024年版」では、今後2年間の最大のグローバルリスクとして、誤情報と偽情報が挙げられています。この報告書は、約1,500人のグローバルリスクの専門家、政策立案者、業界のリーダー(「グローバルリスク・コンソーシアム」のメンバー)に対して行われた調査結果に基づき、現在世界が直面している最大のリスクとして認識されているものを集計しています。


画像:世界経済フォーラムグローバルリスク報告書2024年版より

誤情報と偽情報のリスクが高まっている背景として、生成AIなど高度化する技術の普及により情報の改ざんが容易になっている点が挙げられます。加えて、今年(2024年)は「選挙の年(Year of Elections)」とも言われるように、世界の80ケ国以上で投票が実施される(参考記事)こともこれらのリスクへの注目の高まりの背景にあると言えます。選挙期間中は、意図的に誤った情報が拡散されることで、有権者の判断が歪められる可能性があることから、偽情報による政治的分断のリスクが高まっていると懸念されています。さらに、世界各地で発生している自然災害や紛争などに関連した誤情報や偽情報も多く広まっていることも、リスクが高まっている要因と言えるでしょう。

誤情報やフェイクニュースに対する取り組み

誤情報やフェイクニュースなどの偽情報に対する懸念が高まる中、世界各地で様々な取り組みが行われています。

AI規制法案

まず、ディープフェイクの生成などに用いられているAIの利用について規制しようという動きが挙げられます。ヨーロッパでは、欧州連合(EU)の加盟国からなる閣僚理事会が、今年5月21日にAIを包括的に規制する法案(AI法案)を承認しました。生成AIの提供企業にAI製であることを明示させるなど、透明性の担保を求める内容となっていて、2026年には全面適用が開始されます。EUのAI法案は、世界でも初めてのAI規制法案となりますが、今後ヨーロッパ以外の地域や国でもAI規制にかかわるルールが導入されることが予想されます。

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コンテンツ認証

AI規制と合わせて注目されているのがコンテンツ認証技術です。各コンテンツが人間によって作成されたのか、または機械によって作成されたのかを判断するために、コンテンツにラベルを付けることを目的とした技術です。コンテンツ認証に力を入れている企業の1つがAdobeです。同社は、デジタルメディアの透明性を確保し、誤った情報や偽情報の拡散を防ぐために、コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)やコンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)を立ち上げ、運営しています。

コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)

コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)は、2019年にAdobe、The New York Times、X(当時はtwitter)によって立ち上げられた取り組みで、デジタルメディアの透明性を保証し、コンテンツの生成と変更の履歴を追跡するメタデータを組み込むことで誤情報や偽情報に対抗するシステムを開発しています。このイニシアチブは、オープンソースの開発方法を推進し、特に情報の起源を明らかにすることで偽情報に対処することに焦点を当てています。CAIには、メディア、テック企業、NGO、学術機関など現在55ヶ国以上から1,500を超えるメンバーが参加しています。CAIに参加するNikonが、同じくCAIに参加するAFP通信と協働し、Nikonが開発中の来歴記録機能の報道分野における実用性検証を開始するといった動きも出ています。​ 


画像:コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)のウェブサイト

コンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)

コンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)は、米国のNPOであるジョイント・デベロップメント・ファウンデーションが主導するプロジェクトで、コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)とプロジェクト・オリジン(​​2018 年に BBCが CBC/Radio-Canada、The New York Times および Microsoftとともに発足)の活動を統合していて、デジタルコンテンツのソースと履歴を認証するための技術標準を作成することを目的としています。C2PAは、さまざまなプラットフォームやクリエーターが実装できる統一されたコンテンツ認証のアプローチを提供し、ウェブ全体のメディアの透明性と完全性に焦点を当てています​。


画像:コンテンツの来歴と真正性のための連合(C2PA)のウェブサイト

CAIとC2PAは、どちらもデジタルメディアの信頼性を向上させることを目的としていますが、CAIはデジタルコンテンツの透明性を高めるためのシステムを構築し、クリエーターが自身の作品に対する著作権を主張できるようにすることに重点を置き、C2PAはデジタルコンテンツの来歴に関するオープンなグローバル標準の開発と普及に焦点を当てていると言えます。お互いを補完するような形で活動をしており、実際にCAIのウェブサイトで公開されているCAIのオープンソースSDK(ソフトウェア開発キット)は、C2PA基準に基づいたコンテンツ認証情報を作成、検証、表示するためのツールとライブラリのセットとなっています。(CAIのオープンソースSDKはこちらに公開されています。)

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ブロックチェーン技術を活用した取り組み事例

次に、誤情報やフェイクニュース対策において、ブロックチェーン技術がどのように活用されているか見てみましょう。

まず、ブロックチェーン技術による透明性と不変性は、情報の信頼性を確保するために極めて重要だと言えます。例えば、ブロックチェーンにニュース記事や公的記録などのデジタルコンテンツを記録することで、データの改ざんを防ぎつつ、公開情報の変更履歴や閲覧者の記録を透明に管理することが可能になります。これにより、情報がどのように生成され伝えられてきたかが明らかになり、不正確な情報や意図的に操作された情報を容易に特定することが可能になります。

さらに、ブロックチェーンは分散型ネットワークであるため、中央機関に依存することなく情報の正確性を確認できます。DAOを活用すれば、コミュニティ主導での情報検証システムの構築が可能となり、特定の組織や個人による情報操作のリスクが軽減され、情報の公正性が保たれます。また、スマートコントラクトを使用することで、誤情報やフェイクニュースの検証プロセスを自動化し、より効率的かつ確実に実行することができます。

具体的な事例

誤情報やフェイクニュースの対策のためにブロックチェーン技術が活用されている具体的な事例をご紹介します。

初期の取り組み(2010年代後半)

Civil (Civil Media Company)

ブロックチェーン技術を使って、ジャーナリズムの信頼向上を目指した初期の取り組みとして、Civilが挙げられます。Civilは、ベンチャー企業であるCivil Media Companyによって2016年に設立された分散型メディアプラットフォームで、ブロックチェーン技術を活用してジャーナリズムを支援することを目的にしたプロジェクトです。独自の仮想通貨CVLトークンを発行し、メンバーはCVLトークンを買うことで投票権を獲得し、信頼できるニュースの評価や異議申立てができるようになるというもので、一時は100人以上のメディア会員数を抱えるまでに成長し、イーサリアム・ブロックチェーン上に記事を保存するなど、新しいメディアのあり方を切り開いていました。他方、2018年にICOが失敗し、その後Consensysから追加融資を受けるものの独立した運営を持続することが出来ず、残念ながら2020年にはCivilは閉鎖となってしまいました。残念な結果にはなってしまいましたが、従来のような広告報酬に頼らない「持続可能なジャーナリズム」という新しいビジネスモデルを打ち出したという点で、注目に値する事例であると言えます。

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大手ニュースメディアによる取り組み

Civilのようなベンチャー企業による取り組みとは別に、大手のニュースメディアがブロックチェーン技術を活用する動きが2010年代の終わり頃から拡大しています。

The News Provenance Project

「ニュース・プロビナンス・プロジェクト(the News Provenance Project: NPP)」は、The New York TimesとIBMの協力により2019年に開始したプロジェクトで、ニュースコンテンツの出所を明確にすることで、偽情報の拡散を防ぐことを目的としています。NPPの概念実証(PoC)では、特に報道写真の来歴に注目し、報道機関が公開した写真のメタデータをブロックチェーン(Hyperledger Fabric)に記録する試みを行いました。それぞれの写真がいつ、どこで、誰によって撮影されたのか、またどのような編集が加えられたかの履歴が残り、読者が写真の情報を自ら確認することができるという取り組みです。PoCで仮に作成されたソーシャルメディアプラットフォームはこちらのサイトで確認することが出来ます。


画像:NPPウェブサイトより。ブロックチェーンに保存されたメタデータにより、ユーザーは写真の来歴を確認したり、類似の写真と照合したりすることができる

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ANSACheck

ブロックチェーン技術を使って、メディアの信頼向上を図る動きは欧州にも広がっています。イタリアの通信社ANSAは、2020年に大手コンサルティングファームのErnst & Young(EY)と提携してニュースを追跡するためのブロックチェーンプラットフォーム「ANSAcheck(アンサチェック)」を試験的に開発しました。ANSAcheckは、イーサリアムのパブリックブロックチェーン上で動作するEY OpsChainトレーサビリティソリューションをベースにしていて、ニュース記事がプラットフォーム内でアップロードされると、テキストのハッシュまたはデジタル フィンガープリントがANSAcheckよって記録されます。記事がウェブサイトやその他のプラットフォームで公開されると、テキストは再ハッシュ化され、既存のハッシュと比較され、ハッシュ化されたデータが一致した場合に公開された記事にはANSAcheckのデジタルステッカーが貼られるという仕組みになっています。

画像:ANSA Englishより。ハッシュ化されたデータが一致した場合に、記事にANSAcheckのデジタルステッカーが貼られる。

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Capture

欧米のみならず、アジアでもデジタルメディアの信頼性向上のためのソリューションを提供する動きが出ています。特に、台湾のスタートアップであるNumbers Protocolは、デジタルメディアの来歴と真正性の証明に関する技術革新を牽引している企業だと言えるでしょう。Numbers Protocolは、米国で毎年開催される大規模イベントのSXSWのピッチイベントであるSXSW Pitchで、2023年のMetaverse および Web3 部門で最優秀賞を受賞するなど世界的に注目を集めていて、C2PA規格やEU一般データ保護規則(GDPR)に適応したソリューションをグローバルに展開しています。(Numbers Protocolのより詳細な情報は、こちらのページを参照。)

Numbers Protocolの主力製品である「Capture」は、世界で初めての分散型web3カメラアプリで、デジタルコンテンツの認証と登録を行うためのツールとなっています。Captureを使用すると、ユーザーはコンテンツをブロックチェーンに登録し、その出所や編集履歴を追跡できるようになります。これにより、コンテンツが改ざんされていないかどうかを瞬時に確認でき、信頼性の高いデジタル資産を作成することができる他、コンテンツをNFTにして収益化することも可能になります。また、カメラアプリ(Capture Cam)以外にも、デジタルコンテンツを一箇所で管理できる分散型ストレージ機能(Capture Dashboard)や、アプリケーションにブロックチェーン機能を簡単に統合できる開発者向けのツール(Capture SDK)、ウェブサイトのコンテンツの出所を確認できる認証ツール(Capture Eye)も提供しています。(Captureのより詳細な情報は、こちらのページを参照。)

Numbers Protocolは、誤情報やフェイクニュースへの対応にも注力していて、ロイター通信、サウスチャイナ・モーニング・ポスト、Starling Lab(スタンフォード大学の電気工学科とUSC Shoah 財団によるイニシアチブ)やRolling Stone誌などに協力しています。2020年の米国の大統領選挙の後の政権移行を記録するためにロイター通信とStarling Labが立ち上げた写真のアーカイブプロジェクト「78 Days」では、Numbers Protocol が提供する画像認証技術や分散型 Webプロトコルが利用されました。また、ロイター通信とStarling LabがCanonと協力して2022年に実施したPoCでは、ロシア軍によるウクライナへの侵攻に関する報道で写真の真正性の証明が検証され、その際にもNumbers Protocol の技術が利用されました。このPoCでは、フォトジャーナリストによって撮影された写真がCanonのカメラによってデバイス固有のキーを用いてデジタル署名が行われ、写真データはメタデータと共に直接ロイターのシステムへ送信されます。そして、認証された画像は公開ブロックチェーンに登録され、FilecoinとStorjプロトコルを用いた暗号化アーカイブにも保存されます。編集過程での各変更はプライベートデータベース(ProvenDB)に記録され、公開台帳(Hedera public ledger)にも真正性が登録され、最終的にC2PA規格で画像ファイルに全ての情報が組み込まれ、公開されるという手順が踏まれました。これらの検証を踏まえて、2022年6月にはStarling Labが国際刑事裁判所(ICC)にロシアのウクライナにおける戦争犯罪の証拠としてブロックチェーンに登録されたデータの提出を行っています。


画像:
ロイター通信とキャノンによる画像認証技術のPoCについてのサイトより。C2PA規格で画像ファイルに全ての情報が組み込まれ公開された例(ウクライナ)。

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DAOの可能性

このように、様々な報道機関やテック企業により、ブロックチェーン技術を活用してデジタルメディアの信頼性を高め、誤情報やフェイクニュースに取り組む動きが広がっています。加えて、分散化技術の特性を利用して、誰でも参加できるDAOによる取り組みの可能性についても検討が行われています。

DAOによる情報の検証の仕組みについて実用化されている事例はまだ少ないですが、Factland DAOは誤情報に対処するために事実確認プロセスを改善することを目的とした非営利のDAOで、ベータ版のプラットフォームを公開しています。

Factland DAOでは、ユーザーは疑わしい情報を報告し、FACTトークンをステークして調査員(Investigators)や陪審員(Juror)を報酬で支援する仕組みを提供しています。コミュニティメンバーは証拠を収集し、ランダムに選ばれた匿名の陪審員が証拠を審査して評決を下します。Factlandは、クラウドソーシングとトラストレスな検証を用いて迅速でかつ信頼性の高い市民によるファクトチェックを実現することを目指しています。(Factland DAOのホワイトペーパーはこちらを参照。)

Factland DAOの仕組みは、下記の4つのステップからなっています。

  1. 報告: ユーザーが偽情報の疑いがあるコンテンツを報告し、FACTトークンをステークします。
  2. 調査: 調査員が証拠を収集し、情報の真偽を検証します。
  3. 陪審: ランダムに選ばれた匿名の陪審員が証拠を審査し、評決を下します。
  4. 報酬: 正確な情報を提供した調査員や陪審員に対して、報酬としてFACTトークンを支払います。

Factland DAOの事例は、コミュニティが主導する参加型文化を促進し、事実確認プロセスを分散化するという点で意義のある取り組みだと言えるでしょう。ただし、実際に事実検証の範囲を拡大していくことは容易ではないようで、2024年6月現在でFactland DAOの実用化については確認することが出来ませんでした。


画像:Factland DAOのベータ版の投票の一部。ユーザーが疑わしいと思われる情報や意見を報告して、ランダムに選ばれた陪審員が投票を行って真偽を判断している。

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結論

AIの活用が進む中、どの情報が正確でどれが誤情報やフェイクニュースなのかを判別するのが一層難しくなっています。この課題に対し、ブロックチェーン技術が新たな解決策を提供する可能性が注目されています。本記事でご紹介したように、大手ニュースメディアやテック企業による取り組みも広がっています。ただし、これらの企業の経営判断などで取り組みが終了すれば、活動が頓挫してしまうという問題も抱えています。DAOは、不特定多数の市民によるファクトチェック機能を永続的なものにするための仕組みとしてのポテンシャルがあり、フェイクニュースへの対応は大手企業主導からDAOによる参加型の取り組みに将来的には移行していく可能性もあります。但し、そのためにはDAO参加者に対するインセンティブがしっかりと用意され、事実確認プロセスを自動化する設計が必須であると言えるでしょう。現時点で誤情報やフェイクニュースを排除するようなDAOの成功例はまだ確認されていませんが、この分野で新しいイニシアティブが登場するのは時間の問題かもしれません。

株式会社ガイアックスDAOコンサルティング事業部リサーチャー
過去10年以上国際開発協力に従事し、国内外の社会課題の解決に関心を持っている。web3時代の新たな国際協力や関係人口創出の形としてDAOにポテンシャルを感じ、ガイアックスに参画。ドバイ在住。

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