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はじめに

2026年4月、東京都は「ステーブルコイン社会実装促進事業補助金」を立ち上げました。円建てステーブルコインの社会実装を進める事業者への支援が、この補助金の目的です。

東京都「円建てステーブルコインの社会実装に取り組む事業者への支援を開始」プレスリリース出典: 東京都

日本では、2023年6月の改正資金決済法施行が制度整備の起点となりました。これにより、発行体と流通の制度が整いました。その後もJPYCの発行や米ドル建てステーブルコイン「USDC」の国内流通開始など、実運用の動きが続いています。

本記事は、こうした動きの土台にある基礎を技術観点から整理します。扱うのは「そもそもステーブルコインとは何か」「どのような種類があり、どのような仕組みで動いているのか」「日本ではどのような法規制のもとで流通しているのか」の3点です。時事性に寄りすぎず、数年単位で参照できる技術解説を目指しました。ステーブルコインの全体像を技術観点で俯瞰したい方の出発点になれば幸いです。

ステーブルコインとは

ステーブルコイン(Stablecoin)とは、法定通貨や特定の資産と価格が連動するように設計された暗号資産を指します。ビットコインやイーサリアムは、価格変動が大きい暗号資産です。これに対しステーブルコインは、「1コイン=1米ドル」「1コイン=1円」というかたちで価値が安定します。この価格の安定性が、最大の特徴です。

ブロックチェーンは、即時決済性・プログラマビリティ・改ざん耐性といった技術的メリットを持ちます。ステーブルコインの目的は、これらのメリットを価格変動リスクなしで享受する点にあります。海外送金、企業間決済、DeFi(Decentralized Finance、分散型金融)内での決済、EC決済など、活用の幅は広がっています。ビジネス用途で扱いやすい決済手段として、広く注目を集めています。

ステーブルコインの分類

ステーブルコインは、価値の裏付け方(ペッグの仕組み)によって大きく4種類に分類されます。

1. 法定通貨担保型(Fiat-backed)

発行者は、法定通貨(米ドル、日本円など)や高流動性資産(国債等)を準備金として保有します。そのうえで、準備金に応じてステーブルコインを発行します。最も一般的なタイプであり、世界の流通量の大部分を占めます。

  • 代表例: USDT(Tether)、USDC(Circle)、JPYC(日本円建て)

裏付け資産は、流通量と同等以上を常に保有する必要があります。そのため、準備金の透明性と監査が信頼性の鍵となります。

2. 仮想通貨担保型(Crypto-backed)

イーサリアムなど、他の暗号資産を担保にステーブルコインを発行するタイプです。担保資産は価格が変動します。これに備え、発行額よりも多くの担保を預ける**過剰担保(Over-collateralization)**の仕組みが一般的です。

  • 代表例: DAI(MakerDAO)

中央の発行体に依存しない分散型で発行できる点が、特徴です。ただし、担保資産の価格が急落すると、ペッグの維持が難しくなります。この点はリスクとして残ります。

3. アルゴリズム型(Algorithmic)

担保を持たないタイプです。スマートコントラクトによる発行・焼却のアルゴリズムで需給を調整し、価格を安定させます。2022年5月に事実上崩壊した TerraUSD(UST)は、このタイプの代表例です。アルゴリズムだけで価格を安定させることの難しさを業界に示した事例として知られます。

現在、純粋なアルゴリズム型は少数派です。担保との組み合わせ(ハイブリッド型)が主流となっています。

4. コモディティ担保型(Commodity-backed)

金・銀などの現物資産を裏付けとするタイプです。

  • 代表例: Pax Gold(PAXG)

日常決済というより、資産のトークン化に近い位置づけで扱われます。

技術的な仕組み

ステーブルコインの多くは、ブロックチェーン上の ERC20(イーサリアム互換)などのトークン規格で発行されます。典型的な発行・償還(Mint/Burn)フローは以下のとおりです。

  1. 発行(Mint): 利用者が法定通貨を発行体の口座に送金する
  2. ブロックチェーン記録: 発行体がスマートコントラクトを通じて、利用者のウォレットにトークンを発行(ミント)
  3. 流通: 利用者はウォレット間でトークンを自由に送受信。加盟店での決済、DeFi での利用、クロスボーダー送金などに活用
  4. 償還(Burn): 利用者がトークンを発行体に返却すると、発行体がトークンを焼却し、対応する法定通貨を払い戻す

この仕組みの要は、裏付け資産の残高とオンチェーン発行残高の整合性にあります。多くの発行体は、監査法人による準備金レポートを定期的に公開しています。さらに、発行残高と準備金残高の整合性を自動検証する Proof of Reserves の仕組みも広がりつつあります。

技術面では、次の3点が特に重要です。

  • スマートコントラクトの安全性: 発行・焼却・凍結などの機能は、外部監査を通じて検証される
  • 権限管理: 発行停止や凍結といった強い権限は、マルチシグ(複数署名必須)や時限ロックで安全に管理
  • オンチェーン可観測性: ブロックエクスプローラーで発行残高・送金履歴が常時検証可能

世界の主要ステーブルコイン

2026年時点で、世界の流通量の大半は米ドル建てステーブルコインが占めています。代表的なものを挙げます。

  • USDT(Tether): 最大の流通量を持つ最古参のステーブルコイン。発行体は Tether Limited
  • USDC(Circle): 米国金融規制への準拠と透明性を強調。複数チェーンで発行
  • DAI(MakerDAO): 分散型ガバナンスで運営される仮想通貨担保型の代表
  • PYUSD(PayPal): 大手決済事業者が発行する米ドル建てステーブルコイン
  • FRAX: 担保とアルゴリズムを組み合わせたハイブリッド型

2022年の UST/LUNA 崩壊や、一部発行体の準備金透明性への指摘がありました。これらは、各国に規制整備を促す契機となりました。その結果、規制下で発行される「準拠型」ステーブルコインへと向かう流れができています。

日本の法規制:改正資金決済法と「電子決済手段」

日本では、2023年6月に施行された改正資金決済法により、ステーブルコインが「電子決済手段」として明確に位置づけられました。主なポイントは次のとおりです。

発行体の限定

日本国内で発行される円建てステーブルコインの発行体は、以下の3類型に限定されます。

  • 銀行(銀行法に基づく)
  • 資金移動業者(資金決済法に基づく)
  • 信託会社(信託業法に基づく)

これにより、発行体は日本の金融監督下にある事業者に絞られます。その結果、利用者保護が制度的に担保されます。

流通の登録制

ステーブルコインの売買・交換・管理を行う事業者は、**「電子決済手段等取引業」**として登録が必要です。暗号資産交換業とは別枠の登録区分で、ステーブルコイン特有の業務要件が定義されています。

電子決済手段の区分

改正資金決済法では、電子決済手段が次の4つに分類されています。

  • 第1号: 不特定の者に代価の弁済として使用でき、かつ不特定の者と売買できる通貨建資産(いわゆる為替型ステーブルコイン)
  • 第2号: 不特定の者を相手方として、第1号と相互に交換できる財産的価値
  • 第3号: 特定信託受益権(信託型ステーブルコイン)
  • 第4号: 第1〜3号に準ずるものとして内閣府令で定めるもの

このうち第3号の特定信託受益権は、信託会社が法定通貨を信託財産として受け入れ、それに対応する電子決済手段を発行する信託型スキームです。後述の Progmat Coin や JPYSC が、この第3号にあたります。

日本のステーブルコイン

2026年時点で、日本では複数の発行スキームに基づくステーブルコインが並行して運用・計画されています。仕組みの違いを押さえておくと、全体像が整理しやすくなります。

JPYC(資金移動業型)

JPYC株式会社は、2025年8月に資金移動業者登録を取得しました。そして同年10月、日本初の準拠円建てステーブルコイン「JPYC」を発行しました。資金移動業の枠組みを使った発行は、銀行預金や信託に頼りません。発行体自身が業者として運営する形態です。個人・法人を問わず、幅広い利用が想定されています。

JPYC「日本円建ステーブルコイン発行へ〜資金移動業者の登録完了〜」プレスリリース

出典: JPYC株式会社

Progmat Coin(信託型プラットフォーム)

Progmat Coin は、三菱UFJ信託銀行を中心に開発される信託型スキームのステーブルコインプラットフォームです。発行体となる信託会社が法定通貨を信託財産として受け入れ、それに対応する電子決済手段(第3号)を発行します。運営には3大メガバンクが出資しています。

Progmat 公式サイト

出典: Progmat

JPYSC(信託型・SBI × Startale)

JPYSC は、Progmat とは別の信託型プロジェクトです。新生信託銀行が、信託型の第3号電子決済手段として発行します。Startale Group がコアパートナーとしてプロジェクトを主導します。販売パートナーは SBI VCトレードです。2026年2月27日に発表され、2026年度第1四半期のローンチを目指しています。

SBIホールディングスとStartale Group「日本初の信託型 日本円建てステーブルコイン『JPYSC』を発表」出典: Startale Group

USDC(国内流通)

米ドル建てステーブルコイン USDC は、2025年3月から国内流通が始まりました。流通は、電子決済手段等取引業の登録事業者を介して行われます。

SBI VCトレード USDC 取扱いページ出典: SBI VCトレード

2026年1月には、羽田空港第3ターミナルで日本初の実店舗ステーブルコイン決済実証が実施されました。訪日外国人向けの決済手段として、実用が始まっています。

 出典: ネットスターズ

このように日本では、資金移動業型(JPYC)、信託型(Progmat Coin・JPYSC)、外国通貨建て取扱(USDC)と、複数の発行・流通モデルが並走しているのが特徴です。

ユースケース

ステーブルコインの活用領域は、概ね次のように整理できます。

決済

  • EC決済・実店舗決済(加盟店モデル)
  • 小売・飲食の訪日外国人向け決済
  • クロスボーダー送金(銀行を介さない即時着金)

B2B 決済・請求

  • 取引先への即時入金(入金サイトが長い商流の改善)
  • インボイス発行から決済までのワークフロー自動化
  • 複数通貨の使い分け(USDC/JPYC など)

NFT・DAO 領域

  • NFT マーケットプレイスでの決済
  • DAO トレジャリー(組織資金)の安定的な運用
  • レベニューシェア: スマートコントラクトによる売上の自動・即時分配(生産者・運営・紹介者など)

DeFi

  • 貸借市場での担保資産
  • 流動性プールでの提供
  • 金利商品の裏付け資産

これらの用途のうち、**「決済」「B2B」「レベニューシェア」**は、価格変動を嫌う領域です。ステーブルコインの性質と相性が良い代表例といえます。

技術・運用上の論点

実装・運用時に重要となる論点を、技術・運用の観点から整理します。

準備金の透明性と監査

法定通貨担保型の信頼性は、準備金が実在し、流通量と整合しているかに依存します。そのため、多くの主要発行体は、監査法人による準備金レポートを定期開示しています。前述の Proof of Reserves を用いる発行体も増えています。これは、準備金残高とオンチェーン発行残高の一致を継続的に検証する仕組みです。

スマートコントラクトのセキュリティ

発行・焼却・凍結の機能を担うスマートコントラクトは、外部監査を経るのが一般的です。加えて、発行停止や凍結といった強い権限をマルチシグ時限ロックで運用します。これにより、単一の鍵流出による被害を抑える設計が求められます。

相互運用性(マルチチェーン・クロスチェーン)

主要ステーブルコインは、イーサリアム、Polygon、Arbitrum、Base、Avalanche など複数のブロックチェーンで発行されています。チェーン間の資産移動には、ブリッジや CCTP(Cross-Chain Transfer Protocol)などが用いられます。ブリッジは、過去に大規模ハックが複数発生した領域です。そのため、どの経路でチェーン間を移動するかの選定が運用上の重要ポイントとなります。

マネーロンダリング対策(AML/CFT)

登録制のもとで、発行体・取引業者には本人確認(KYC)や疑わしい取引の届出といった AML/CFT(Anti-Money Laundering/Counter Financing of Terrorism) の義務が課されます。ブロックチェーン分析ツールを用いた継続モニタリング体制の構築も一般化しています。

ウォレット・UX

利用者にとって、秘密鍵の管理とウォレットの使いやすさは普及の最大のハードルです。WalletConnect などでのスマホウォレット接続、カストディ型ウォレット、SNS ログイン連携など、ユーザー導線を整えることが実装上の重要論点となります。

まとめ

2026年時点、日本のステーブルコインは実装フェーズに入っています。制度・発行体・流通・ユースケースが揃ったためです。価格変動リスクを抑えつつ、ブロックチェーンの即時決済性とプログラマビリティを活かせる点が、ステーブルコインの強みです。この強みを背景に、EC 決済、B2B 決済、クロスボーダー送金、NFT/DAO 領域など幅広い分野で活用が進んでいます。

技術面では、ERC-20 などの共通基盤を土台とします。そのうえで、発行スキーム・裏付け資産の管理・監査・相互運用性・権限管理といった論点を丁寧に設計することが、運用の要となります。冒頭で触れた東京都の「ステーブルコイン社会実装促進事業補助金」も、こうした実装フェーズを後押しする公的支援の一つです。

ステーブルコインの位置づけは、投機的な暗号資産の文脈から変わりつつあります。いまや決済・送金・企業間取引・NFT/DAOなど、実際のビジネスを支える基盤です。本記事が、その全体像を技術観点から整理するうえでの一助になれば幸いです。

株式会社ガイアックス Chief web3 Officer。2015年よりブロックチェーンの研究開発を開始、情報サイトBlockchain Bizの運営や3冊の書籍の出版にも携わり、2022年よりDAO組成の伴走事業を開始。鳥取県智頭町・静岡県松崎町らとの「美しい村DAO」の組成や、早稲田大学などと連携し、スマートシティーへ向けたセンサーネットワークの開発も行う。一般社団法人日本DAO協会の設立に携わり、DAOの普及に努める。

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